まなべる、いかせる、つながれる。防災・減災のオンライン基地。

運営:防災推進協議会 協力:内閣府防災担当

リレー寄稿

※寄稿者様へのご連絡は、各ご所属先へお問い合わせください。

清野英俊

2017年9月7日

清野英俊 (せいのひでとし)

東京テレメッセージ株式会社 代表取締役社長

主な活動地域:

東京都 全域

生年:1954年8月
出身地:福島県福島市
最近の防災・減災活動:
・クライシスマネジメント協議会 防災情報伝達システム委員会 委員長
・季刊誌「危機管理2015」への寄稿「280MHz帯無線呼出し(ポケベル波)を使った情報伝達システム」
・季刊誌「危機管理2016」への寄稿「首都直下地震においての帰宅困難者対策」
・クライシスマネジメント協議会主催「省庁横断防災セミナー」講演
・北海道総合通信局主催「防災セミナー」講演

・防災に取り組み始めたきっかけは?

米系投資ファンドの仕事をしていた10年前、投資先に倒産しそうなポケベル会社があり、ポケベル電波が自治体の防災無線に使われていることを知ったことに遡ります。この電波は防災無線に役立つと確信しましたので、会社が消滅しないよう支援しました。しかし、毎年赤字だけが累積し、4年後には東日本大震災が起こりました。無為無策のままふたたび倒産も時間の問題というところで、経営のバトンが私に引き継がれました。防災無線に私が取り組むことができたのは、経営陣が経営を諦めたからです。5年前のことでした。


・ご自身の活動の中で、一番のエピソード(うまくいったことや、いかなかったことも)という事例をひとつあげてください。

スティーブ・ジョブスは成功の秘訣を聞かれ「成功するまでやること」と言ったと伝えられています。ポケベル電波を全国の防災無線に役立たせるのが私の成し遂げるべきミッションだと思っています。これにより多くの人を救うことができると確認しているからです。しかし財務的な問題などにより諦めようと思ったことがありました。しかし、危機を回避でき、活動を本格化することができました。ポケベル電波には天佑がついているとしかいいようがありません。


・防災活動は「つながり」が課題ですが、ご自身で感じる現状の課題についておしえてください。

前職は銀行マンでした。NYでの勤務を終えて帰朝した翌年に9.11が起きました。NYの後任は81階にあったオフィスで命を落としました。2機目が直撃したのです。9.11の犠牲者は約3000人、その中にはNY消防士343名が含まれていました。それから10年後の3.11、日本では253人の消防団員が津波の犠牲となりました。救命に携わる人たちは、避難・救護のために意識することなく自分の命を危険にさらす。この英雄たちが、命を落とさずに崇高な使命を全うできるよう役立ちたいとの思いが、私の防災活動の動機であり問題意識です。


・ご自身の活動の中で、繋がれるといいなぁ(繋がってよかった)と思われる(地域、企業、団体、個人など)についてご紹介ください。

今の私の仕事には、日本はやっぱりサムライの国なのだと感じる喜びがあります。金でも官位でもなく、ただ住民の安全だけを真剣に考える自治体の防災の現場の人たちの真剣さや行動に触れた時、この人たちと出逢ってよかったと思います。日本の役人にはサムライが多いです。役人には異動があるから今は防災関係の部署にいない人もご退職された方もいます。こういう人がいてホントによかったと思う方々は多くて挙げ切れないが、あえて言うと、まだ赤字会社のときに「防災無線が変わる」と信じてくれて280MHz(ポケベル波)採用に踏み切ってくれた大村市の執行さん、鴨川市の滝口さん、瑞浪市の小木曽さん、矢吹町の会田さんがいました。住民の安全のために一役人としてリスクを取られました。現場を知る若き消防官僚にも頭が下がります。お会いして話したのは一度だけだが、消防庁の明田課長補佐は痩身のすがすがしい若者であり、本省において現場目線で日本の防災を考えてくれると直感しました。


・TEAM防災ジャパンサイトについて、期待されることについてメッセージをお願いいたします。

日本の防災のために何ができるのか自答し、それぞれの立場や職務・役割のなかで自分のできることをやって欲しいと思います。そのような人たちの思いや理想があるから現実が切り開かれます。繋がりというテーマにそれを感じます。本サイトを通じ繋がっている皆様に敬意を表し、私の乱筆をおきます。