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運営:防災推進協議会 協力:内閣府防災担当

リレー寄稿

※寄稿者様へのご連絡は、各ご所属先へお問い合わせください。

船谷季弘(ふなたに・としひろ)

2019年6月26日

船谷季弘(ふなたに・としひろ)

(広島市南区)似島地区地域おこし協力隊

生年月日:1968年11月15日
出身地:広島市中区
最近の防災・減災活動:平成30年7月豪雨災害時に似島ボランティアセンター運営
平成30年10月 普通防災士取得
平成30年12月 広島市南区社会福祉協議会主催の災害ボラセンふりかえりシンポジウムにて、自身の体験談を発表
令和元年6月 防災士フォローアップ研修受講

防災を取り組み始めたきっかけは?

平成30年4月に地域おこし協力隊として広島市に委嘱採用され、就任当初まずは地域住民の皆さんとの信頼関係を築くべく地域活性に取り組んでいました所、似島地区が豪雨災害により被災。初めて体験した、災害による安否確認、避難所運営、被災状況の把握、内外の情報収集と対応、初期的な一時復旧、ボランティア受け入れ態勢の調整、災害対策本部立ち上げ運営、ボランティアセンターの立ち上げ、運営、などなど3ヶ月間一心不乱にとりくみました。必然的に地域から信頼される形となり、それに応える状態がつづいています。


ご自身の活動の中で、一番のエピソード(うまくいったことや、いかなかったことも)という事例をひとつあげてください。

災害当初は、離島ゆえに(地方ではよくある事かも知れませんが)排他的な考えや閉鎖された部分が一部ありましたので、ボランティア受け入れに対して拒絶や不安を訴える声がありましたが、全国から温かい支援や物資が寄せられ、さらに無償のボランティア作業に汗を流す島外の皆さんと地域住民が交流する事により、徐々に支援に対して理解を深め、信頼を寄せていった地域住民の姿が忘れられません。また、手探りで始めたボラセンもスタッフが増え、一つ一つの問題をチームで乗り越える事により結束が生まれ、アットホームな雰囲気で運営、その環境にリピーターが集まり、さらに、事故や怪我も抑制にも繋がった様に思います。携わって頂いた多くの方々に感謝します。


防災活動は「つながり」が課題ですが、ご自身で感じる現状の課題についておしえてください。

私の考える防災リーダーは地域を、そして地域住民を無償で愛し続けれる人物。防災の知識と技術を可能な限り研鑽し、伝えることの出来る人物。個々の考えを尊重し技量に見合った適材適所に人選しチームをまとめ、情報を管理できる人物。
そんな人物になれるよう努力していますが、なかなかの難題です。なので、手分けをして、思いを共有できる仲間とやってます。特に、女性だから出来ること、年配者だから気付くこと、子どもたちにしか出来ないこと。などなど、手分けをして気付くことが沢山有りました。課題は、一人でも多くの人と「いかに意識を共有し合えるか」。だと思います。


ご自身の活動の中で、繋がれるといいなぁ(繋がってよかった)と思われる(地域、企業、団体、個人など)についてご紹介ください。特に、つながれてよかった個人をリレー寄稿にご紹介ねがいます!

前記しました通り、私は災害や防災に対して何の意識も無く生活しているごく普通の人間でしたが、昨年生まれて初めて身近で災害を目の当たりにしました。その際自分の中で、自然に対し都合よく考え生活していた常識が覆り、人間の無力さと強さ、優しさと団結の持つ意味(自助、共助の素晴らしさ)を同時に学びました。繋がりとは人と人との繋がり、知識や情報の繋がり、地域の未来への繋がり、記憶の繋がり、正しく繋がる時かけがえの無い財産になります。私の財産は、似島地区ボランティアセンターの仲間です(ボラセンスタッフ)その1人國田将平さんにリレーのバトンを繋げます。


TEAM防災ジャパンサイトについて、期待されることについてメッセージをお願いいたします。

昨年の豪雨災害を経験するまで、私はごく普通の感覚で「災害はテレビの中で起きている」出来事くらいに感じていました。今でも多くの方がその様に感じ、安全は当たり前のように与えられ、保障されているかのような錯覚をしています。テレビで目にする災害は完全に「他人ごと」なのです。大衆を脅すわけでも、いたずらに恐怖や悲壮感を強要するつもりはありませんが、1人でも多くの皆さんが、今一度、災害について深く考えてもらえるよう「防災」について広めて頂ければ幸いです。そして、有事の際は自ら生き抜き、家族を守り、周囲を助けてもらいたい。その様に期待します。