ニュース
防災関連の最新ニュースをご紹介
記事が削除される等の理由で、リンク切れとなる場合があります。ご了承下さい。
-
「災害の記憶を未来に伝える小冊子」全戸配布/和歌山
和歌山県立博物館施設活性化事業実行委員会は、過去の災害や関連する文化遺産などをまとめた小冊子「先人が残してくれた『災害の記憶』を未来に伝える2」(A5判、16ページ)を2万部作成した。串本、すさみ、太地の3町を調査した内容を掲載したもので3町に全戸配布している他、同博物館のホームページからダウンロードすることもできる。2011年9月の紀伊半島大水害では多くの尊い命や財産、文化財が失われ、今後も土砂災害や3連動地震、南海トラフ巨大地震の発生が予想される。自身の命や財産を守る必要があるが、災害が起こる前に地域に眠る過去の「災害の記憶」を呼び起こし、地域の人々に伝えていくことを目的に、県内の津波や洪水による浸水が予想される地域に残されている文化遺産を調査している。昨年度は御坊市、美浜町、日高川町、那智勝浦町を対象に調査した内容をまとめた同タイトルの「1」を作成した。【2月25日 紀伊民放より】
▼和歌山県立博物館
http://www.hakubutu.wakayama-c.ed.jp/ -
津波碑の効果、裏付け 岩手・宮城沿岸部、犠牲者少なく 東北大分析/岩手・宮城
過去の津波の恐ろしさを伝える津波碑がある地区は、住民の多くが逃げて犠牲者が少なかったという経験則が、東日本大震災の被災地の岩手、宮城両県沿岸部の被害分析で裏付けられたとする成果を東北大災害科学国際研究所の佐藤翔輔助教らの研究グループが22日までにまとめた。佐藤助教らは公開データを利用し、両県沿岸部の414地区を対象に「津波の高さ」「地区の死亡率」「津波碑の有無」の関係を統計学的に調べた。すると、津波の高さが同じなら、碑がある地区の多くは、ない地区よりも人的被害が少ないと判明。例えば、津波の高さが10メートルで、碑がない地区で40人の犠牲者が出た場合、碑があれば30人に抑えられたとする結果が得られた。佐藤助教は「津波碑の効果を科学的に証明し、教訓を伝承する活動を応援したい」と話している。【2月23日 毎日新聞より】
▼東北大学災害科学国際研究所
http://irides.tohoku.ac.jp/ -
釜石市が「津波教訓集」…市民に聞き取り、編集/岩手
東日本大震災の津波で大きな被害を受けた岩手県釜石市が、市民の経験をもとにした「教訓集」の編集に取り組んでいる。教訓集作りをしているのは、市の「東日本大震災検証委員会」。これまで約4年かけて市民の聞き取り調査を行い、「津波避難行動編」「避難所運営編」など6編の報告書をまとめた。資料も含めると計約1500ページと膨大な分量になるため「わかりやすくまとめて、多くの人に伝えたい」と教訓集を編集することになった。報告書から抽出した566項目の教訓をさらに絞り込み、17項目にまとめた。それらを、命を守るための行動、命を守るための備え、命をつなぐための助け合い、命の大切さを語り継ごうの4つに分類した。3月に最終確認し、新年度に冊子にして市内全戸配布する計画。【2月13日 読売新聞より】
▼釜石市「東日本大震災の検証」
http://www.city.kamaishi.iwate.jp/fukko_joho/torikumi/shinsai_kensyo/index.html -
宮古島沖に海底火山 複数火口や溶岩流の跡/沖縄
沖縄県の宮古島の沖合の海丘(かいきゅう)が、過去に噴火を繰り返していた海底火山であることが、海上保安庁の調査で明らかになった。海底火山と確認されたのは、沖縄県の宮古島の北、およそ120キロ沖合の水深およそ2100メートルから800メートルの海底にある「第3宮古海丘」。海丘は、高さが1300メートルほどの円すい形であること以外は、詳しい地形などは分かっておらず、海上保安庁は、去年7月と11月に、無人の潜水調査機器で海底の地形を詳しく調べた。その結果、いちばん高い中央付近には、直径が250メートルほどの火口があり、周辺に過去に流れ出したとみられる溶岩の跡が確認された。また、ほかにも最大で直径2キロ程度の別の火口とみられる大きなくぼ地も見つかり、過去に、比較的規模の大きな噴火が繰り返し起きていた可能性があるという。火山噴火予知連絡会の会長で、東京大学の藤井敏嗣名誉教授は、「溶岩の表面の様子などから、過去1万年以内に噴火が起きていた可能性もあり、調査が進んでいない南西諸島の海域での火山活動を知るための、基礎的な情報として期待される」としている。海上保安庁では、今月中旬に溶岩や周辺の岩石を採取し、今後、いつごろ噴火したかなど、さらに詳しい分析を行うことにしている。【2月3日 NHKニュースより】
-
トイレ、避難所までの坂道…障害者の災害対応を考える 神戸で研究者らのつどい/兵庫
NPO法人「兵庫障害者センター」の主催で、阪神大震災などの災害で障害者が得た教訓を考える「災害と障害者のつどい」が31日、神戸市中央区の市勤労会館で開かれた。阪神大震災から平成22年までは5年ごとに、23年の東日本大震災の翌年からは毎年開いており、8回目の今年は障害者ら約80人が参加。「人と防災未来センター」の宇田川真之研究員が基調講演し、「困っている人はみんなで助ける気持ちが大切」と呼びかけ、障害者が参加する地域防災訓練を行う同市垂水区の取り組みを紹介した。また、26年8月に起きた広島市の土砂災害の教訓として、障害者にとって避難所までの坂道が避難の妨げになることや、避難所で使えるトイレが少ないなどの課題も話された。【2月1日 産経WESTより】
-
減災社会の在り方探る 仙台でシンポ/宮城
河北新報社は22日、朝日新聞社、東北大災害科学国際研究所、ひょうご震災記念21世紀研究機構との共催で、東日本大震災の教訓を踏まえ減災社会の在り方を探る21世紀文明シンポジウム「減災-東日本大震災から5年」を仙台市青葉区の東北大川内萩ホールで開いた。第1部は「震災5年の誓い/犠牲を繰り返さないために」と題し、東北大災害研所長の今村文彦氏が基調報告。「通常の周期より長いスーパーサイクルで発生する巨大地震があると分かった。堆積物や地形に関する学際的な研究を進める必要がある」と述べた。元気仙沼市危機管理監の佐藤健一氏ら3人を交えたパネル討論では、佐藤氏が「災害の程度に上限はないという意識で防災対策に当たるべきだ」と備えの大切さを強調した。第2部「東日本大震災に学ぶ巨大災害への備え」では、基調報告した21世紀研究機構理事長の五百旗頭真氏が「日本の防災は後追いのパッチワークだったが、将来への備えを重視するようになってきた」と指摘した。【1月23日 河北新報より】
▼ひょうご震災記念21世紀研究機構「21世紀文明発信事業」
http://www.hemri21.jp/exchange_center/index.html#21seikisimp -
震災の記憶、津波「ここまで」/宮城
宮城県は、東日本大震災の教訓を伝えるため、津波が到達した高さを示す表示板を建物に設置してくれる個人や企業などを募集している。県の担当者は「街全体をハザードマップのようにする活動。ぜひ取り組みを後押ししてほしい」と呼びかけている。表示板は青地に白い文字で「2011・3・11 東日本大震災 津波浸水深ここまで」と書かれている。素材はアルミ製とシールの2タイプで、大きさは「30cm×60cm」「30cm×1m20cm」「60cm×2m30cm」の3種類。いずれも縦長と横長がある。取り付け費用は県が負担するが、維持管理費は設置者の負担となる。県では設置してくれる個人や企業などを「伝承サポーター」と位置づけている。【1月21日 読売新聞より】
▼宮城県「伝承サポーターの募集について」
http://www.pref.miyagi.jp/site/0311densyogensaip/mousikomi.html -
「全患者避難」想定して 大災害経験の医師・看護師らがシンポ/福島
昨年、福島市で開かれたシンポジウム(弘前大・摂南大・福島県立医大が共催)では、大災害を経験した医師や看護師らが、全患者避難を「あり得るリスク」として事前に想定し、備えることの大切さなど、教訓を共有した。2011年の東日本大震災発生当時、岩手県陸前高田市の県立高田病院長だった石木幹人さん(現・同市地域包括ケアコーディネーター)は想定の甘さを反省点に挙げた。「いざというときに『頼むよ』『分かった』で通じる関係をつくっておくことがとても大切だ」と強調した。福島市の福島県立医大病院で副病院長として対応した横山斉教授は、行政との情報共有の重要性を語った。病院の体制をよく知る中堅の医師が県庁に交代で詰め、対策本部に集まる情報を刻々と病院に伝えたことが役立ったという。04年の新潟県中越地震では、同県小千谷市の小千谷総合病院では屋上の貯水槽が破損。以後、8日間断水し、電気は5日間止まった。佐藤和美看護部長(当時)は「建物が使えてもライフラインが止まれば医療はできないと思い知った」という。病院ではその後、この教訓を基に災害対策を見直し、責任者を決めて訓練を充実。毎年の予算も計画的に配分、物心両面で備えている。佐藤さんは「最低限のマニュアルがあれば、いざというときそれ以上のことができる」と力説した。【1月19日 東京新聞より】
-
防災教育を次世代へ 神戸で公開授業、分科会/兵庫
兵庫県神戸市教育委員会と小中高校などの校長会が主催し、「防災教育研究大会」が11日、同市長田区の市立真野小学校などであった。震災から20年が過ぎ、当時を経験していない市民や若い教諭が増える中、記憶や教訓を伝える狙い。この日は、同区の4小学校が18授業を公開。20~30代の若手教師が教科に防災を取り入れた授業を披露した。真野小6年の国語では、東日本大震災で被災した仙台市立東六郷小6年生8人を招き、真野小の児童と防災への思いを発表し合った。同小3年生の社会は、長田区で盛んな靴作りを学び、ベテラン職人から震災や仕事への思いを聞いた。参加した同区の4小学校の児童が考えた「神戸市小学生防災宣言」も発表され、児童が「誰にでも手を差し伸べられるような優しい人になります」などと力を込めた。【12月11日 神戸新聞より】
-
<富岡町災害本部>混乱の跡 限定公開/福島
東京電力福島第1原発事故の避難区域に残る福島県富岡町災害対策本部の見学会が12月13日、初めて開かれる。東日本大震災を物語る遺物の保存を進める「ふくしま震災遺産保全プロジェクト」実行委員会が企画し、当日は仮設のミュージアムに仕立てる。福島県立博物館や富岡町など県内8団体でつくる同プロジェクト実行委のアウトリーチ事業「震災遺産を考えるⅡ いわきセッション」の一環。見学会は、富岡町の協力で実施。町職員と博物館の学芸員が、会議室の見取り図などを盛り込んだパンフレットを基に説明する。見学会は高校生以上が対象で1人200円。案内時間やスペースの都合上、定員は25人限定。バスで移動し、富岡町職員が津波被害が残る富岡駅前なども案内する。【11月22日 河北新報より】
-
地震で傾いた家、解体せず再生 阪神・淡路で工法考案/兵庫
地震などで傾いた家屋を建て起こす技術を継承しようと、兵庫県淡路市斗ノ内の建築業竹森勲夫さんが、非営利の一般社団法人「匠グループ」を設立した。阪神・淡路大震災の被災地で家屋再生を支援し、経験を基にした金属製の筋交いで特許も取得した。14年秋ごろから施工マニュアルを作成。効果的に普及させるため、淡路市市民協働センターの協力を得ながら法人化の準備を進め、今年10月には登記を完了させた。今後は全国で事業者の加入を呼び掛けるといい、「家を守れば人の流出を防ぐことができ、まちを守ることにつながる」と訴える。【11月17日 神戸新聞より】
-
大震災と中越地震 減災へ中学生が教訓共有/宮城
2004年の新潟県中越地震で被災した旧山古志村(現在は新潟県長岡市)の山古志中の生徒が12日、東日本大震災で被害を受けた宮城県東松島市の矢本二中を訪れ、震災を考えるワークショップを合同で実施した。互いに震災で学んだ教訓を共有し、防災・減災意識を高めようと山古志中が提案し実現した。山古志中の全校生徒14人と、矢本二中の2年生131人が参加。生徒らは「避難」「避難所生活」「復旧・復興」「防災」の4分野ごとにグループに分かれ、「自分にできることは何か」をテーマに意見を出し合った。各グループは「復興には笑顔のコミュニケーションが重要」「防災に向け災害時に大声を出すための練習や、避難時に役立つ物の作り方を把握する」などと意見をまとめた。【11月13日 河北新報より】
-
津波の恐ろしさ伝える紙芝居を映像化/岩手
子どもたちに津波の恐ろしさを伝える紙芝居を制作した大船渡津波伝承館の斉藤賢治館長らが28日、岩手県庁を訪れ、紙芝居を映像化したDVDを達増拓也知事に贈った。紙芝居10編のうち「吉浜のおゆき」を映像化。1896年の明治三陸大津波後、集落を高台に移した同市三陸町吉浜の史実を方言を交えて約20分にまとめた。紙芝居とDVDは伝承館で見ることができる。企画した斉藤館長は「紙芝居なら津波が来たらまず逃げることを子どもたちに伝えやすい」と意義を説明した。【10月29日 河北新報より】
-
明治の濃尾地震、猛威伝えるスケッチやメモ発見/愛知
1891年(明治24年)10月28日発生の濃尾地震の被災地を描いた宮内省御料局嘱託・田中長嶺のスケッチやメモ約40枚が、愛知県西尾市で見つかった。長嶺は明治時代、全国にシイタケの栽培法などを広め、山村振興に尽力した。地震は、長嶺がマツタケ山調査のため京都へ出張中に発生。公務を終え、鉄道で岐阜県の垂井駅まで来た後、現在の同県大垣市から名古屋市までを3日間歩き通しながらスケッチを続けた。「地盤亀裂シテ 人墜チ死ス」「震災 火災 其ニ猛火 四囲人々途ヲ失フ」などの記述とともに、倒壊家屋の下敷きになった人たちや犠牲者の仮埋葬、白砂噴出(液状化現象)の様子などを描写している。これらは、長嶺の研究をしているNPO法人「田中長嶺事績顕彰会」理事長の中條長昭さんが今年7月、遺稿の中から発見した。【10月29日 読売新聞より】
-
災害ボランティアが地域を変える/新潟
新潟県中越地震からの復興に災害ボランティアがどう関わったかを考えるシンポジウムが24日、長岡市の「長岡震災アーカイブセンターきおくみらい」で開かれた。中越メモリアル回廊推進協議会が、発生から11年となった地震の記憶を伝えていこうと企画。「きおくみらい」など長岡、小千谷両市にある4施設のスタッフ4人が有識者を交えてパネル討論した。「外から来たボランティアが地域の良さを気付かせてくれた」「棚田の復旧など、個人だけでなく地域全体を支援する必要がある課題が浮上し、ボランティア側も意識を変える必要があった」など、体験談を交えて報告した。報告などは来年3月までに冊子にまとめ、全国の防災関係者、団体に配る予定。【10月24日 新潟日報より】
-
記憶伝える「遺構」岐路に 新潟県中越地震から11年/新潟
2004年に起きた新潟県中越地震の記憶を伝える「遺構」が岐路に立っている。23日で発生から11年。長岡市の職員らが水没家屋の保存に向け9日、現地調査に入った。調査には県の復興基金約2700万円を充てる。保存計画を決めるほか、傷みが激しい屋根の補強も行う。一帯は地震後、メモリアルパークとして整備され、視察や観光の拠点となった。年間2万人ほどが訪れるという。かつての住民からは歓迎と戸惑いの声が上がる。自宅だった3階建ての家屋が保存対象となった松井キミさんは「残さなければ、中越地震は忘れられてしまう」。一方、公営住宅に移り住んだ上田久江さんは「当時、十分な公的補償を受けられなかった人もいる。今になって壊れた建物の保存に多額の税金を使うなんて」と戸惑いを隠せない。また、地震に耐えた手掘りのトンネルは崩落の危険があるとして今年4月から通行止めとなった。市は近く、補強工事を行い、来春に公開する方針。ただし、トンネル全体の補強には数億円がかかるといい、方法を模索している。【10月21日 日本経済新聞より】
-
本が大災害後の心のケアに 学校図書館と災害支援で講演会/東京
「学校図書館の国際潮流と災害支援」をテーマとした講演会が10日、東京都渋谷区の文化学園大学ホールで開催された。まず、村山隆雄聖徳大学教授が「ネパール地震による図書館被災の現状」について報告。同国はヒマラヤ造山帯に属しており、80~100年周期で大地震に見舞われてきたが、「地震に関する記録がたいへん少ない」。大地震が発生するこの国で「記憶ではなく記録に残す活動が重要」と村山教授は訴えた。IASL(国際学校図書館協会)のディリジット・シン会長は、社会の変化に応じて学校図書館がさまざまに変容している姿を示した。利便性の一方で、地震や津波、洪水、建物の崩壊、火災などの大災害がいつでも、どこでも起こる可能性があり、甚大な被害をもたらしている。そんな中で図書館は、危機の前後でどんな情報提供や支援ができるのか、十分に備えておかなければならないと呼びかけた。20年前、兵庫県西宮市の小学校に勤務し、同県学校図書館協議会事務局に関わっていた曲里由喜子さんは阪神・淡路大震災の教訓から、今後は、危機管理意識を高め、防災体制を整備。書架を固定し5段以上は配架しない。直立式書架は全て倒れたので傾斜型書架にする。心のケアにふれる蔵書を充実させるなどが大切だとした。【10月19日 教育新聞より】
-
忘れない普賢岳災害の歴史/長崎
雲仙・普賢岳噴火の大火砕流で旧校舎が焼失して24年となる南島原市深江町の市立大野木場小学校で15日、災害を語り継ぐ集会「メモリアルデー」があり、児童が記憶の継承を誓った。旧大野木場小校舎は1991年9月15日の大火砕流で、鉄筋など骨組みだけを残し焼失。現在は災害遺構として保存されている。同集会は98年から開催。5年生は土石流の速度や導流堤の仕組みを調べたり、両親らから体験談を聞いたりして学習した成果を発表。児童全員で、火砕流で焼けながらも再生した校庭のイチョウのたくましさを歌った曲「生きていたんだね」を合唱した。【9月16日 長崎新聞より】
-
防災、多様な視点で 松代群発地震発生50年シンポ/長野
28日、シンポジウム「必ずやってくる大震災に備えて~松代群発地震から50年」が、長野県の信州大工学部で開かれた。同大は4月、「地域防災減災センター」を設置。防災、減災などについて大学全体として組織的に取り組むとしており、シンポジウムはその一環。1965年から長野市松代地区を中心に5年半続き、今年で発生50年を迎えた松代群発地震の教訓も踏まえ、今後、県内でも被害が想定される自然災害への備えについて地質学や歴史学などの観点から考えた。【6月29日 信濃毎日新聞より】
-
アイヌ口承に災害の爪痕 7カ所で地滑り、土石流か 防災専門家が調査/北海道
アイヌ民族の口承を手がかりに、公式記録がほとんどない19世紀以前の道内の土砂災害を調べ、現代の防災のヒントにしようという研究が進められている。取り組んでいるのは、一般社団法人全国治水砂防協会(東京)常務理事で防災専門家の南哲行さん。南さんは北大大学院農学研究院の特任教授を務めていた今年3月までの1年間に調査を実施。口承内容を現地や今の地形図などで調査したところ、これまでに7カ所で、地滑りや土石流が起きていた可能性があることを確認した。【6月24日 北海道新聞より】