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【関東大震災100年】中川和之(なかがわかずゆき)

時事通信社解説委員

主な活動地域
神奈川県 横浜市
最近の防災・減災活動

関東大震災から100年経ちましたが、教訓として伝わっていると考えられることはなんですか?

延焼火災の拡大を防ぐため、土地区画整理などによって、地域全体がより安全になるようなまちづくりの方策がもたらされた。
地震による火災を減らすために、初期消火の意識の拡大に留まらず、ガスのマイコンメーターやストーブの自動消火装置、感震ブレーカーなどにより、人に頼らなくても火災の発生を減らす方策ももたらされた。
揺れによって建物が壊れることを防ぐために、建築基準の法制度が成立、その後も強化されてきたことで、揺れに強い建物が増え、より安全な街を作る方策はもたらされた。

いま、関東大震災級の地震が起きたら、心配なこと、解決していないと思う課題はなんですか?

100年前から大地震は繰り返されることは認識されていたにもかかわらず、大震災直後は「この際だから」(武村,2023)として進められた防災も考えた都市計画は、一部の都心地域の道路幅拡張や都市公園整備に留まった。
都市部が空襲で焼土となった敗戦後は、「とりあえず」(武村,2023)目先の復旧優先となった。その後の高度成長期も経て、現在まで経済優先の無計画な土地利用が続き、都市計画や建築基準の法体系は既存不適格を容認したままで、街全体がより危険性が増し、100年前より心配なことが増えている。

関東大震災からの100年に学び、子孫たちに何をどう伝えていくか、考えていることをお聞かせ下さい。

より地震や災害に安全な街や暮らしにしていくことは、目の前の経済合理性や便利さとは相反することが多い。時間が経てば傷が癒えるように、人々は辛い思いを忘れていく。日々は忘れないと生きていけないことを前提に、災害で命が失われた人や悔しい思いをした人の声を聞き続けるための工夫が、もっと必要である。
また、人々がふだんは忘れていてもいいように、法や制度で基準を作って専門家がきちんと運用していく社会とする。さらに、我々人類は災害と表裏一体である自然の営みからの恩恵を受け続けていることを、日々、実感出来るような教育や生活に浸透させていかねばならない。一人でも悔しい思いをする人を減らすために。

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