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運営:防災推進協議会 企画編集:助けあいジャパン 協力:内閣府防災担当

リレー寄稿

中林一樹(なかばやし・いつき)

中林一樹(なかばやし・いつき)

明治大学 研究・知財戦略機構 研究推進員(首都大学東京・東京都立大学名誉教授)

生年月日:1947年10月22日
出身地:福井県
最近の防災・減災活動:
<近著>
・『災害発生時における自治体組織と人のマネジメント』第一法規(共著2018)
・『災害対応ハンドブック』法律文化社(共編著2016)
・『中越地震3800日―復興しない被災地はない―』ぎょうせい(共著 2015)
<2018年度の主な活動や講演>
 豊島区南長崎456丁目地区「復興まちづくり訓練」(5~11月)、葛飾区新宿地区「復興まちづくり訓練」(8~12月)、東京都都市復興訓練(7~12月)、まちづくり訓練実務者養成訓練(2~3月)
 「超高齢社会と事前復興の可能性」立川防災ボランティア研修(4月)、「地域と学校をつなぐ防災教育」藤沢教育文化センター研修(8月)、「あなたも被災する!備えるのは今」相模原市ユニコムセミナー講演会(8月)、「首都直下地震に備える ―自助なくして共助なし―」厚木市市民防災講演会(1月) 他多数

・防災に取り組み始めたきっかけは?

酒田大火(1976)。火災鎮圧の24時間後の酒田に入った。駅に降り立った時の異様な匂い、まだ瓦屋根の下には真っ赤な梁がくすぶっていて、ムッとする状況。その衝撃は、どんなに住みやすい街でも、美しい街でも、一晩でガレキとなるような都市ではだめだろう、との思いを掻き立て、都市防災と災害復興の研究に取り組み始めた。


・ご自身の活動の中で、一番のエピソード(うまくいったことや、いかなかったことも)という事例をひとつあげてください。

事前復興。「東京区部直下地震」の被害想定中に阪神・淡路大震災が発生。東京都の調査に参加した私の課題は「都市復興」で、報告書の巻末には東京直下地震対策に対する提言を付けた。神戸市の「復興が発意されたのは、地震から2日目(18日)の夜、“市街地の復興が大問題だ”との市長の指示」との回答から、『阪神大震災の5倍もの被害を復興するには、被害想定をもとに復興も事前に取り組むべき』と提言した。1996年から震災復興の検討が開始され、都市復興マニュアル・生活復興マニュアル (1998)、防災都市づくり推進計画(1998)、都市復興訓練(1998~)、震災復興グランドデザイン(2001)、震災復興マニュアル(復興施策編、復興プロセス編)(2003)訓練(2004~)と、東京都の事前復興対策は展開し、継続して関わってきた。


・防災活動は「つながり」が課題ですが、ご自身で感じる現状の課題についておしえてください。

災害復興における「つながり」の形成。行政―市民・地域社会―専門家・研究者―ボランティアを基軸にした多様なつながりを、被災後の復興までを視野に入れた事前の防災まちづくり活動の展開で形成・強化しておく。阪神・淡路大震災10周年の2005年に復興支援してきた阪神まちづくり支援機構から「次は東京だから、復興まちづくりを支援する専門家集団を組織し備えるべき」との提言を受け、2007年に震災復興まちづくり支援機構が結成され、代表委員の一人を務めている。現在20専門業団体が参加している復興まちづくり支援機構の皆さんは、東京都と各士業団体は協定を締結し、東京での復興訓練への参加や、被災地の支援に奔走しておられるが、もっとつながりを強めておきたい。


・ご自身の活動の中で、繋がれるといいなぁ(繋がってよかった)と思われる(地域、企業、団体、個人など)についてご紹介ください。

「東京」という地域。片思いを覚悟で思いを吐露すると、もともとの専門である都市計画を実現する場は、地域であり自治体との連携した取り組みが不可避である。そのための私が繋がり、学び続けた場は『東京』であった。1975年以降、東京都の都市づくりと防災関連の取り組みに外部から関わり、葛飾区、豊島区、世田谷区、台東区、文京区など、区市の計画策定やまちづくり条例の制定などにも取り組んできた。都市計画マスタープランに、防災に加えて「復興まちづくり方針」を書き込んだり、復興マニュアル策定や復興まちづくり訓練にも関わらせていただき、学ばせてもらった。


・TEAM防災ジャパンサイトについて、期待されることについてメッセージをお願いいたします。

「防災」の範囲と時間軸を広げて防災領域を広域化してほしい。それってまちづくりでしょ。どこが防災なの?平時の防災ってなに?復興っていつまでやるの?災害が発生すると、被害が顕在化し、被災者が生じて、その課題にこたえるのは防災だと認識される。長期的な時間軸で取り組む事前防災の防災まちづくりも、復興事業が終了しても被災者に寄り添い続ける長期にわたる災害復興も、災害が発生したときに「あ、こんなつながりがあったんだ」と気づかされる、そんな“防災風味のダシのきいた地域社会づくり”のための“つながりの要”であってほしい。

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