まなべる、いかせる、つながれる。防災・減災のオンライン基地。

運営:防災推進協議会 企画編集:助けあいジャパン 協力:内閣府防災担当

リレー寄稿

中田正明(なかた・まさあき)

中田正明(なかた・まさあき)

神戸赤十字病院/兵庫県災害医療センター 放射線係長
兵庫県災害医療コーディネーター
日本集団災害医学会 評議員、日本集団災害医学会 災害医療ロジスティクス検討委員、日本DMAT研修 講師、日本赤十字社 災害医療コーディネートメンバー、日本赤十字社 救護班 指導担当者、JICA国際緊急援助隊 医療チーム ロジスティクス課題検討会、JICA国際緊急援助隊 医療チーム 中級研修実施検討会

生年月日:1972年8月6日
出身地:山口県
最近の防災・減災活動:
・「熊本地震」に対して、日本赤十字社救護班として、日本赤十字社熊本県支部本部にて活動(2016/4)
・「東日本大震災」に対して、日本DMAT:統括チーム(副本部長)として花巻空港の搬送拠点で活動(2011/3)
・「インドネシア:スマトラ沖地震」に対して、JICA国際緊急援助隊 医療チームとして派遣(2009/10)
・論文:DMAT隊員の調整員でのコメディカルを含めた多職種の必要性(日本集団災害医学会誌 2008;13:189-193)
・著書:DMAT標準テキスト:へるす出版

・防災に取り組み始めたきっかけは?

私は阪神淡路大震災の被災者であり、当時は医療人として何もできませんでした。2005年に神戸赤十字病院/兵庫県災害医療センターが開院の際に、救急医療と災害医療を志し兵庫県災害医療センターへ入職しました。ここから私の防災・災害医療との関わりが始まりました。


・ご自身の活動の中で、一番のエピソード(うまくいったことや、いかなかったことも)という事例をひとつあげてください。

いくつもの活動を経験しても、同じ対応の災害はありません。毎回反省点ばかりですが、大きな起点となったのは、日本DMATとして活動した東日本大震災です。私は、いわて花巻空港の搬送拠点の本部で副本部長として活動しました。この活動において、本邦で初めての自衛隊航空機を使用した「広域医療搬送」を実現できました。4機の自衛隊機で傷病者を被災地外へ搬送出来た事は一つの成果でした。ただ、400名近いDMATを抱える本部運営としては、多くの課題を残す事となりました。特に医療を支える資機材供給や搬送・移動手段、または隊員の生活環境の整備などのロジスティクスの脆弱性を痛感しました。


・防災活動は「つながり」が課題ですが、ご自身で感じる現状の課題についておしえてください。

東日本大震災以降、災害医療を支えるロジスティクス部門における整備が大きな課題でした。6年経過した今では、搬送・移動手段、医療資機材、医薬品、食料等の多くの整備が進みつつあります。しかし、災害時に多くの命を救うためには、医療業界のみならず、多くの企業・団体・自治体等の繋がりによる「ALL JAPAN」での対応が必須と考えています。私が目指すこの「ALL JAPAN」での対応には、まだまだこれからの災害医療ロジスティクスに関わる細かい部分の整備が課題と考えております。


・ご自身の活動の中で、繋がれるといいなぁ(繋がってよかった)と思われる(地域、企業、団体、個人など)についてご紹介ください。

やはり、これまで私と関わってくださった全ての方との繋がりに感謝しております。地域の方、多くの企業さん、団体の皆さん、そして多くの諸先輩方と仲間です。その中でも、私を災害医療従事者として、一から育てていただいた「兵庫県災害医療センター センター長:中山伸一先生」とのご縁です。阪神淡路大震災を経験しておられ、その経験を教訓にこの日本に救急・災害医療専用のシステムであるEMISの生みの親です。中山先生は私の師匠であり、上司であり、仲間、そして友であります。今の私の活動や役割があるのは、中山先生との繋がりが原点であり全てです。


・TEAM防災ジャパンサイトについて、期待されることについてメッセージをお願いいたします。

私が課題としてあげた、災害時に多くの命を救うためには、医療業界のみならず、多くの繋がりによる「ALL JAPAN」での対応です。このサイトには、「ALL JAPAN」での対応に繋がる本質があると感じております。今後の益々の発展を期待しております。

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