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運営:防災推進協議会 協力:内閣府防災担当

リレー寄稿

※寄稿者様へのご連絡は、各ご所属先へお問い合わせください。

藤村望洋(ふじむら・ぼうよう)

2016年12月27日

藤村望洋(ふじむら・ぼうよう)

ぼうさい朝市ネットワーク 代表
一般社団法人日本海洋観光推進機構 専務理事
NPO法人東京いのちのポータルサイト 副理事長
LLP灰干しプロジェクト 代表理事

生年月日:1944年1月1日
出身地:大阪
最近の防災・減災活動:
<講演>「震災から5年、東北は今」(2016年6月18日 大阪市十三&三津屋商店街)、「復興に向けてのワークショップ」(2016年9月30日 宮崎県五ヶ瀬町)、「灰干しワークショップ(復興産業構築)」(2016年10月26日 熊本県南阿蘇村)
<著書>「早稲田発 ゴミが商店街(まち)を元気にした!」(商業界)
<編著・共著>「最善は生まれ出ぬこと」(三一書房)、「実践!容器包装リサイクル法」(日報)、「ゼロエミッションからのまちづくり」(日報)、eコミュニティが変える日本の未来」(NTT出版)/「地震で人を殺すな」(講談社)等。 

・防災に踏み込んだ(取り組み始めた)きっかけは?

阪神・淡路大震災。兵庫県宝塚市、早朝。真っ暗な中でいきなり蒲団から突き上げられ、強烈な横揺れで、テレビが飛び、箪笥が倒れ、枕元の本棚に圧し潰されそうになるが、たまたま揺れが横方向のため生き残った。やっとの思いで懐中電灯をつけ、仏壇の蝋燭にマッチで火を付ようとしたその時、「ガスだ!火をつけるな~あ!」という近所のおじさんの声が地域の火事を防いだ。表に出ると、家々が倒れており、パジャマ姿の人たちが、寒空の下、茫然と立ちすくんでいる。茫然と立ち尽くしてはダメだ!と思った…これが防災へのきっかけである。


・ご自身の活動の中で、一番のエピソード(うまくいったことや、いかなかったことも)という事例をひとつあげてください。

イザという時は助け合おうという「ぼうさい朝市ネットワーク」のテーマは2つ。
(1) 平常時は、各地の特産物を持ち寄って「ぼうさい朝市」を開催し、美味しい「救援物資」で特産物の流通を構築し、顔が見えて味のわかる関係を作る。
(2) 発災時は、混乱する被災地ではなく、安全な「隣」を拠点として、被災地の情報を全国に流し、全国から必要な物資を「隣」へ集める「隣から支援」システム。
「顔の見える」「味のわかる」関係が、東日本大震災で、南三陸を「隣」の山形県酒田市から助ける「隣から支援」として全面稼働。復興には、全国ネットワークが駆けつける「ぼうさい朝市」型「福興市」を立ち上げて支援することが良いのでは。


・防災活動は「つながり」が課題ですが、ご自身で感じる現状の課題についておしえてください。

東日本大震災から5年、熊本地震が発生した。この5年間の防災対策や救援復興の反省やノウハウが、熊本で活用されていない実態を目の当たりにした。「ぼうさい朝市」は、発災前からの「味の交流」「人の交流」を旨としてネットワークを構築してきたが、「ノウハウの交流」の必要性を強く認識した。被災地のノウハウを、国、県、自治体の3者と専門家が一緒になって(発災時の防災訓練だけではなく)、1年前の防災訓練として、区画整理法、災害救助法やPTSD等の勉強会を、災害予想地域との連携で開催することが求められている。


・ご自身の活動の中で、繋がれるといいなぁ(繋がってよかった)と思われる(地域、企業、団体、個人など)についてご紹介ください。

今までの被災地と支援してきたネットワーク各地と各団体が連携して、首都圏直下型と南海トラフ型等大震災想定地域をはじめまだ被災していない全国各地において、国と県と市町村の担当者並びに住民と専門家が一緒になっての、ハードだけではなくソフトとしての発災直後の災害救助法の運用、復興のための区画整理法、PTSD等をあらかじめ「防災訓練」として勉強するための「繋がる」具体策が必要とされている。


・TEAM防災ジャパンサイトについて、期待されることについてメッセージをお願いいたします。

リレー寄稿をデータベースとして、深堀すべき項目をピックアップし、かかわるべき人材をピックアップして、既成の枠組みではない研究チームやプロジェクトチームができることを期待する。