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運営:防災推進協議会 協力:内閣府防災担当

リレー寄稿

※寄稿者様へのご連絡は、各ご所属先へお問い合わせください。

鈴木教久(すずき・のりひさ)

2017年10月5日

鈴木教久(すずき・のりひさ)

独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター 災害医療部DMAT事務局 災害医療技術員
DMAT登録隊員、DMATインストラクター、近畿地方災害医療ロジスティクス検討会 委員、日本災害医療ロジスティクス研修会運営委員会 委員、日本集団災害医学会 会員

生年月日:1978年6月7日
出身地:滋賀県大津市
最近の防災・減災活動:厚生労働省より委託を受け、「DMAT隊員養成研修」の企画・実施、及びDMAT隊員登録者に対する技能の維持及び更なる知識の向上を目的とした「DMAT技能維持研修」などを企画・実施しています。今年の7月に実施された内閣府主催の大規模地震時医療活動訓練の訓練計画や調整などを行いました。また、東日本大震災や熊本地震などでの派遣経験を活かし、高速道路会社や医療機関等へ講演活動も行っています。

・防災に取り組み始めたきっかけは?

滋賀県の災害拠点病院に勤めていた時にDMATを知りました。興味本位で志願し、平成20年にDMAT隊員養成研修を受講しました。受講した際には成績も悪く、悔しい思いをしました。そこで災害医療を、さらに深く学びたいと思いDMAT研修にタスク参加して、インストラクター資格を取得しました。これまでは、病院業務と災害医療を平行して行っていましたが、災害医療を本職にしたいと思い、平成25年秋に大阪医療センターにDMAT事務局が開設されたことをきかっけにDMAT事務局へ入職しました。


・ご自身の活動の中で、一番のエピソード(うまくいったことや、いかなかったことも)という事例をひとつあげてください。

東日本大震災において、DMAT隊員として宮城県へ派遣されました。発災直後に医師3名、看護師2名、調整員1名の6名で出動し、仙台医療センター、石巻赤十字病院で活動しましたが、何もできず無力感だけが残りました。 被災地から戻り、活動を振り返えると、何もできなったのではなく、何もしなかった、何かを(やり遂げる)自信がなかったのだと気づきました。その後に災害医療を専門業務とする現職に転職したのですが、昨年の熊本地震では4月14日の前震直後から熊本県庁医療本部の支援をし、県庁職員の方々と共に災害医療対応にあたることができました。4月16日の本震後は建物倒壊の恐れがあることから、全入院患者退避を余儀なくされた11の医療施設が発生し、患者の搬送手段の手配や搬送先の調整に追われました。約1500名の入院患者の転院を実施しましたが、幸い搬送中に亡くなる方や避難したことが原因で亡くなる方はおられませんでした。最低限の責務は果たせたのではないかと思っています。


・防災活動は「つながり」が課題ですが、ご自身で感じる現状の課題についておしえてください。

災害時において、消防や自衛隊、医療チームが活動するだけでは多数傷病者の救命はできません。あらゆる地上インフラが崩壊する中で、いかに連携・情報共有し、限りある資源を有効活用するかが重要です。また医療活動をするためには、道路情報や、移動・輸送手段・搬送手段の確保が必要となりますが、それも連絡をとる通信手段があってのことです。ここ数年、通信事業者や高速道路会社、福祉タクシー協会などの関係団体と訓練を重ねるにつれ少しずつ連携が図れるようになってきました。今後もさらに訓練や研修で連携することで、実災害時にその経験が活かすことができると考えております。


・ご自身の活動の中で、繋がれるといいなぁ(繋がってよかった)と思われる(地域、企業、団体、個人など)についてご紹介ください。

NEXCO、全日本トラック協会、日本酸素・医療ガス協会、KDDI株式会社、スカパーJSAT株式会社、宇宙航空研究開発機構JAXA、日本福祉タクシー協会、日本セーフティー株式会社などとは、災害医療を行う上で、協力していただき感謝しております。


・TEAM防災ジャパンサイトについて、期待されることについてメッセージをお願いいたします。

防災・減災に様々な職種の方々が取り組んでいる事を知ることができるサイトだと思います。今後も、情報発信源として多くの人に知っていただき、防災・減災につながることを期待しています。