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防災関連の最新ニュースをご紹介
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【歴史・教訓】日頃から命守る備えを 大浦小で7.8災害考える集会/佐賀
佐賀県太良町の大浦小学校で8日、57年前に町内に大きな被害をもたらした「7.8災害」を考える集会が開かれ、地元の杉田進さんが講師を務めた。「7.8災害」は1962年7月8日、豪雨が大浦小近くの権現山の地滑りを引き起こし、町内では44人の尊い命が失われた。当時、中学生だった杉田さんは自宅玄関から浸水が始まり、慌てて2階へ逃げたという。窓の外に見た光景は「一面が湖のようになった。地滑りは山が動いて崩れ、校舎を押しつぶした」と証言。地震や集中豪雨などはいつでも、どこでも起きると訴え、「一つしかない命を守るため、備えておこう」と呼び掛けた。集会は災害の恐ろしさを風化させないために毎年行っている。【7月9日 佐賀新聞より】
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【歴史・教訓】県外避難者の苦労や葛藤体験談を収録「災害の備えに生かして」/宮城
宮城県サポートセンター支援事務所は、県外避難者と支援団体の体験談をまとめた記録誌を発行した。タイトルは「ふるさとを離れるということ 広域避難者と支援者の葛藤と苦悩」。東京、京都、福岡、宮崎の4都府県に県内から避難した6人と、現地で避難者の支援に当たった3団体4人の経験談を集めた。急に慣れない土地で暮らすことになって苦労した経験や、震災から8年が過ぎて家族が避難先で職を得るなど、帰郷は難しいと感じ始めている実情などが吐露されている。ピーク時は全国に9000人以上いた避難者と支援員の体験を資料として残そうと、同事務所アドバイザーを務める東北学院大地域共生推進機構の本間照雄特任教授(社会学)が中心となり、約1年かけてまとめた。3月末に800部を作り、県内の自治体や支援団体、図書館などに配布したほか、内閣府が指定する「南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域」の139市町村にも送付した。本間氏は「県外避難者は遠慮して要望を言いださない人が多い。信頼関係を築き、サポートした支援員の活動を伝え、今後想定される大規模災害の備えに生かしてほしい」と話す。【7月1日 河北新報より】
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【歴史・教訓】地図に158の災害伝承碑 過去の地震、津波教訓に
国土地理院は20日までに、過去の地震や津波、噴火、洪水などの災害を伝える伝承碑を示した地図をウェブサイト「地理院地図」で公開した。今回の27都府県158基を皮切りに、年内に計数百基が公開される見通しである。地理院は「自治体も地元住民も知らない伝承碑が、まだあるのではないか」として、埋もれた伝承碑の掘り起こしも進めていく方針。地理院は自治体と協力して探索を進める一方で、こうした碑を示す地図記号「自然災害伝承碑」を作った。公開されたウェブ上の地図で伝承碑の記号をクリックすると災害の種類や時代、犠牲者数などが示される。今回の公開で最も古いのは、江戸時代の1677年に起きた「延宝房総沖地震」を伝える津波供養塔(千葉県一宮町)。地震から17年後に建立され、東日本沿岸を襲った大津波の被害を伝えている。【6月20日 日本経済新聞より】
▼国土地理院 先人が伝える災害の教訓「自然災害伝承碑」を地図で発信
https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/bousaichiri190619_00002.html -
【歴史・教訓】真備のビル壁面に豪雨直後の写真 地元NPOが看板、浸水ラインも/岡山
岡山県倉敷市真備町地区の障害者と家族でつくるNPO法人「いちご一会」が、西日本豪雨で被災して改装中の3階建てビル壁面に、浸水直後のビル周辺を撮影した写真の看板を掲げた。看板は、ビルの東方面で水没している量販店などを写した縦1.2メートル、横1.6メートル。昨年7月7日午前10時ごろ、ビル2階の床まで水が迫ったため、内藤桃代理事長が3階に上がって撮影した。写真横には、赤い矢印の中に白抜きで「2018年(平成30年7月7日)西日本豪雨災害 ここまで水がきました 3.9M」と記した。内藤理事長は「災害で二度と命が失われないよう、記録をいつまでも刻みたい」と話している。【6月16日 山陽新聞より】
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【歴史・教訓】宮古被災写真、宮内庁に 明治三陸津波撮影の19枚所蔵
1896(明治29)年6月15日に発生し、約2万2千人が死亡した明治三陸津波で、岩手県の鍬ケ崎町(現・宮古市鍬ケ崎地区)の被災状況を撮影した写真19枚が、宮内庁に所蔵されていることが12日までに、共同通信の調べで分かった。明治三陸津波は、東日本大震災の死者・行方不明者を上回る犠牲者を出した。地元の写真師、末崎仁平が津波発生の翌日に撮影を開始したため混乱する現場の様子が生々しく記録された。末崎は同年9月、県を通じて一連の写真19枚を宮内省(当時)へ献納したいと願い出て11月に実現した。現在、宮内庁書陵部所蔵の明治の災害記録写真アルバム「風水害之写真」(データベースの登録名「諸国災害実況写真」)の中にある。共同通信が5年前、末崎の撮影した写真のガラス乾板などが盛岡地方気象台にあることを報じた。この記事を岩手日報で見た大船渡市の越喜来漁協組合長、船砥秀市さんが末崎は祖先の一人だと思い、東日本大震災の復興対応が一段落した今年2月になって、同紙に連絡した。【6月13日 岩手日報より】
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【歴史・教訓】震災語り部、80人が希望 宮城の東京五輪都市ボランティア
2020年東京五輪のサッカー会場がある宮城県は10日、来場者の誘導や情報提供を担う「都市ボランティア」の応募者のうち約80人が、東日本大震災の経験を伝える語り部を希望していると発表した。ボランティアは、応募時に「案内・誘導」や「通訳」など希望する仕事を2つまで選択する。このうち語り部は、JR仙台駅や仙台空港(名取市、岩沼市)に設けたブースで、被災経験や復興状況を説明する役割となっている。都市ボランティアは、9月ごろに研修し、2020年3月末までに採用通知を送付する。【6月10日 共同通信より】
▼宮城県 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会 ボランティア情報
https://www.pref.miyagi.jp/site/olympic/volunteer.html -
【歴史・教訓】真の教訓 得る材料に 雲仙普賢岳噴火回想録を刊行/長崎
雲仙・普賢岳噴火災害当時、九州大島原地震火山観測所(現在の九州大地震火山観測研究センター)の所長として観測の中心的役割を果たした同大名誉教授、太田一也さんが、初めての「雲仙普賢岳噴火回想録」を長崎文献社から出版した。5年半にわたった噴火災害への対応を検証し、真の教訓を得る材料にしてほしいと、当時走り書きで残していた膨大なメモなどを基に2011年から執筆を続けていた。噴火前から終息するまでの観測の記録、市民の生命と財産を守るための苦闘の日々、関係者との生々しいやりとり、報道陣の行動などを詳細に記した。避難勧告地域に立ち入らないよう報道陣に繰り返し訴えたが受け入れてもらえず、結果的に多くの犠牲者を出してしまったことへの後悔についても触れている。行政の防災意識の希薄さ、報道機関への遠慮、観測所長の権威と信頼性の不足、報道陣の過熱取材やゆがんだ使命感などが絡み合い、悲劇が引き起こされたとの見方も示している。【6月2日 長崎新聞より】
▼長崎文献社 雲仙普賢岳噴火回想録
http://www.e-bunken.com/shopdetail/000000000367/ -
【歴史・教訓】火山との共生探る 御嶽山噴火災害5年/長野
地域の安全に関する研究や提言をしている地域安全学会の公開シンポジウムが25日、長野県木曽町文化交流センターで開かれ、2014年の御嶽山噴火災害から5年が経過したのに合わせ、火山との共生と木曽地域の振興をテーマに講演や公開討論があった。名古屋大地震火山研究センターの山岡耕春教授が基調講演。2014年の噴火の際には、行政と研究者のコミュニケーションが不足していたことが課題だった、などと指摘した。火山防災の呼び掛けや魅力発信をする御嶽山火山マイスターについては、経験や知識を伝承に努め、次に噴火が起きた際に地域全体で対応できるよう求めた。昨年、三岳小学校5、6年として御嶽山について学習して御嶽山ジュニア火山マイスター認定を受けた木曽町中1年生、同小6年生の計11人は、自分たちで調べた御嶽山の地質、文化などを発表した。【5月26日 中日新聞より】
▼地域安全学会 2019年度総会・第44回研究発表会(春季)・公開シンポジウム等開催のお知らせ
http://isss.jp.net/?page_id=81 -
【歴史・教訓】津波と防災、物語に 相馬の磯部中が紙芝居作成/福島
福島県相馬市の磯部中学校の防災教室が9日、同校で開かれた。全校生徒19人がグループごとに紙芝居を作り、津波に襲われた古里と防災意識の重要性などを1つのストーリーとして完成させる新たな授業に取り組んだ。生徒は4つの班に分かれ、「愛する海・私たちの街」をテーマにハッピーエンドで終わる物語づくりに取り組んだ。まず各班に「穏やかな青い海」「津波が起きた海」「生徒がさまざまな想像をしている場面」「生徒が防災の授業を受けている場面」という4枚のイラストが配られた。これを基に、生徒はグループごとにストーリーを考えながら最後に各班で1枚の絵を描き加え、5枚の絵で物語を完成させた。班ごとに仲間と話し合い「災害が二度と起こらないように」との願いや「津波に襲われたが、防災教育を生かして被災者をゼロにできた」「みんなの力で復興し、活気ある古里が戻った」などのストーリーを発表した。【5月11日 福島民報より】
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【歴史・教訓】障害者らを独自に受け入れ 熊本地震、大学の奮闘45日
2016年4月の熊本地震で、熊本学園大学が被災した障害者や高齢者らを受け入れた避難所の45日間の取り組みを紹介する企画展が東京都港区の都人権プラザで開かれている。災害時に障害者や高齢者を受け入れることになっていた市内の福祉避難所が十分に機能しない中で、福祉教育に力を入れていた同大は障害者や高齢者を、健常者と同様に受け入れ、5月28日に閉鎖するまで24時間態勢で見守った。同大卒業生の福祉関係者らが、要介護2で一人暮らしをしていた避難者から聞き取った記録には、「たき出し ないと困る。足が不自由なので(食料を)買いにいけない」という切実な声が記されている。企画展を担当した都人権啓発センターの林勝一さんは「災害時に障害者や高齢者の人権を守ることを、普段から考える必要がある。熊本学園大の取り組みに学ぶべきではないか」と話す。企画展は6月29日まで(日曜休館)。【5月6日 朝日新聞より】
▼東京都人権プラザ 熊本震災と障害者を受け入れた避難所-熊本学園大学・激動の45日
http://www.tokyo-hrp.jp/exhibition/feature_2019_01.html -
【歴史・教訓】<語り部活動>思いを共有 東松島・キボッチャで「若者トーク」/宮城
3.11メモリアルネットワークの主催で、東日本大震災の語り部をする大学生らが被災体験や伝承活動を語り合う「若者トーク あの日のいろんなこと」が2日、宮城県東松島市の防災体験型宿泊施設「キボッチャ」であった。震災当時、石巻市や東松島市などで小中高生だった男女8人を含む約25人が参加。被災経験を語った後、2グループに分かれ「今後やりたいこと」などをテーマに討議をした。討議では「防災という言葉が日常になる日本にしたい」「母校で経験を伝えたい」などの発言があった。【5月3日 河北新報より】
▼3.11メモリアルネットワーク
https://www.facebook.com/311memorialnet/ -
【歴史・教訓】<みやぎ防災円卓会議>伝承拠点の実現働き掛けを強化 総会で確認/宮城
東日本大震災の教訓の伝承と防災啓発の強化を図る官学民の連携組織「みやぎ防災・減災円卓会議」は19日、宮城県仙台市の河北新報社で発足5年目となる本年度の総会を開き、活動方針などを決めた。共同世話人の今村文彦東北大災害科学国際研究所長は「あと2年弱で東日本大震災10年を迎える。円卓会議からどんな情報発信ができるか、アイデアを出してほしい」と述べた。伝承拠点組織の実現に向けた宮城県への働き掛け、防災運動会の開催などに取り組むことを確認した。【4月20日 河北新報より】
▼みやぎ防災・減災円卓会議
http://entaku.main.jp/entaku/ -
【歴史・教訓】熊本地震被災者の証言、防災に活用 熊本県が啓発映像を制作
熊本県は、3年前の熊本地震発生当時の状況や被災者の証言を収めた防災啓発用の映像を制作した。20万戸の住家被害や最大18万人の避難者が発生した熊本地震の各地の状況を映像で記録。証言では水の確保に一番困ったという益城町の女性が「水は常に備蓄すべきだ」と教訓を語っている。過去に熊本で起きた七つの大地震と地震発生のメカニズムや、日奈久断層帯で震度7程度の揺れが発生した場合のシミュレーションも収録した。映像はDVDで県内全小中高校に配布するほか、県デジタルアーカイブスで視聴できる。【4月19日 熊本日日新聞より】
▼熊本地震デジタルアーカイブ
https://www.kumamoto-archive.jp/ -
【歴史・教訓】<震災遺構>屋上の倉庫内部を公開へ 宮城・山元の旧中浜小 90人避難し助かる「状況肌で感じて」/宮城
宮城県山元町教育委員会は東日本大震災の遺構として保存する旧中浜小学校について、児童ら90人が避難して助かった校舎屋上の屋根裏倉庫を、内部から見学できるよう整備する方針を決めた。約50平方メートルの倉庫は鉄筋2階の校舎屋上にある。避難時にコンクリートの床に敷いて児童らが寒さをしのいだ段ボール、保管していた学芸会や運動会の道具、タイムカプセルなどが、散乱した状態のまま置かれている。倉庫内部に一方通行の通路を設置し、両側に手すりを設ける。できる限り現状を保存するため、物を避けてルートをつくる。町教委の担当者は「実際に内部に入って見ることで、児童が身を寄せ合った状況を肌で感じてほしい」と語る。【4月19日 河北新報より】
▼山元町 旧中浜小学校震災遺構保存整備事業について
https://www.town.yamamoto.miyagi.jp/soshiki/20/8051.html -
【歴史・教訓】熊本地震時の「リアルな行動」を書籍に 避難所運営の大学生がライン履歴をまとめ 教訓つなぐ/熊本
熊本県立大生らが、熊本地震時に避難所運営のため交信し合った「LINE(ライン)」の履歴をまとめた「熊本地震4.16 あの日僕たちは LINEでつないだ避難所運営の記録」を出版した。同大は本震2日前の前震を受けて避難所を開設。近隣住民ら最大約1400人を受け入れた。避難所運営に学生たちも関わり、連絡用の複数のライングループが自然発生的に立ち上がったという。これをリーダー格の3、4年生が主導して本震後の16日深夜までに登録メンバー約200人からなる「ボランティア本部」「避難場所」「リーダー」の3本に集約。伝達経路を明確にし、「スタンプは使わない」「不要な返信は控える」などのルールも決めた。本震後の16日夕から18日正午ごろまでの履歴は約2000件。このうち、「了解」などを意味する一部の返信は削り、約750件分を収録。当時の息遣いや臨場感を伝えようと、ほぼ原文のまま残した。約120人が避難した武道場で責任者を務めた当時2年生の荒井祥さんは「『きつかった』という漠然とした記憶ではなく、具体的な行動記録を残して教訓を伝えることが大事。ぜひ、手に取って防災意識を高めてほしい」と力を込める。【4月14日 熊本日日新聞より】
▼熊日サービス開発 「熊本地震4.16 あの日僕たちは LINEでつないだ避難所運営の記録」
http://shop.kumanichi-sv.net/shopdetail/000000001335/ -
【歴史・教訓】4月11日は「防災考える日」 耶馬渓山崩れ1年/大分
大分県中津市耶馬渓町の山崩れから1年を迎えた11日、現場では慰霊祭が営まれた。同市は災害の記憶を風化させないため、4月11日を「中津市の防災を考える日」とし、市民の防災意識を高めていく。市役所では「防災を考える日」の一環として、幹部職員向けに研修会が開かれ、発生当時、捜索活動に協力したという大分大減災・復興デザイン教育研究センター次長の鶴成悦久准教授が講演した。鶴成准教授は、関係機関から様々な情報が寄せられたものの、十分に生かせなかった現場の問題点を指摘。「被災自治体には情報の有用性を迅速に判断し、捜索活動や二次災害防止に向けた安全対策に役立てる対応能力が求められる」と強調した。【4月12日 読売新聞より】
▼中津市 「4.11中津市の防災を考える日」を行いました
https://www.city-nakatsu.jp/infodoc/2019041100011/ -
【歴史・教訓】江戸時代の地震記録した古文書495点 市民参加して解読完了!「くずし字学んだ」
京都大学は、地震研究所図書室が所蔵する江戸時代の地震を記録した古文書495点の解読を終了したと発表した。京都大学大学院の「古地震研究会」は2017年1月、東大地震研究所の図書室が所蔵する古文書495点をインターネット上に公開し、Wikipediaのように閲覧者が現代文字に書き換えるプロジェクトを開始した。スタート当初は、地震研究所二代目所長をつとめた地震学者の石本巳四雄氏がコレクションした114点の災害史料の翻刻を目標としていたが、開始から5カ月後には完了。その後、資料を追加することで495点すべての作業が終わった。今後は、ほかの資料館が所蔵する史料も登録を進め、翻刻を続ける計画ということである。【4月7日 ハザードラボより】
▼京都大学 京都大学古地震研究会の「みんなで翻刻」プロジェクトが東京大学地震研究所蔵の古文書のうち495点をすべて解読しました。
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/events_news/department/rigaku/news/2018/190319_1.html -
【歴史・教訓】真備からの避難者受け入れ記録に 総社・清音の住民が編集作業/岡山
西日本豪雨で浸水被害に遭いながらも、隣接する岡山県倉敷市真備町からの避難者受け入れに尽力した総社市清音地区の住民が、当時の記録をまとめる作業に取り組んでいる。今月中旬に1冊の記録集として完成させる。同地区では、総社市内に避難指示が出た昨年7月6日夜から7日にかけて、家屋の浸水被害が発生。避難所となった清音小学校などでは、地区の住民だけでなく、隣接する真備町からの避難者も時間を追うごとに増え、市職員や、同地区でボランティア活動などに取り組んでいるNPO法人・きよね夢てらすのメンバーらが対応に追われた。状況が少し落ち着いたころ、夢てらす理事長の江口巧さんらが「被災者、支援したボランティア、夢てらすのメンバー、それぞれの立場で、あのとき何が起こったのかを残しておこう」と記録集の作成を提案した。編集長を務める江口眞二さんは「災害発生当時の大変な状況が手に取るように分かる貴重な体験談ばかり。有事の際の避難や支援体制について考え、地域防災力を強化するための資料として役立てばうれしい」と話している。【4月3日 山陽新聞より】
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【歴史・教訓】写真で伝える御嶽山噴火災害 山びこの会が名古屋で展示/愛知
2014年の御嶽山噴火災害を伝える写真展が2日、被災者家族らでつくる「山びこの会」主催で、愛知県名古屋市の名古屋市民ギャラリー栄で始まった。会場には、噴石が直撃して折れ曲がったストック、壊れたカメラ、火山灰で汚れた衣類など遺族が提供した品々や、発生直後からの信濃毎日新聞の記事のコピーも並ぶ。写真展は都内で開いた昨年に続き2回目。犠牲者58人、行方不明者5人を出した噴火災害で愛知県の人は都道府県別で最も多い17人が亡くなったことなどから開いた。同会事務局代表のシャーロック英子さんは「災害を振り返り、山に登る心構えや日本が火山国だと再認識する機会にしてほしい」と話している。【4月3日 信濃毎日新聞より】
▼山びこの会
https://www.facebook.com/yamabiko.ontake/ -
【歴史・教訓】震災遺構巡り、防災を学ぶ 修学旅行誘致に活用 熊本県南阿蘇村がツアー
熊本県南阿蘇村は3月31日、熊本地震の震災遺構を巡るモニターツアーを初めて開き、県内外から29人が参加した。ツアーは約2時間。最初に語り部担当ガイドがスライドを使って自身の被災体験を紹介し、「備蓄などに加え、助けを求めることができる人間関係の構築も重要」と話した。その後、甚大な被害を受けた立野地区を見渡せる阿蘇東急ゴルフクラブのデッキや阿蘇大橋の崩落現場近くにバスで移動。ガイドが、パネルなどを使いながら被害状況や阿蘇の地形について説明した。村は今後、ツアーを地震後に落ち込んだ修学旅行の誘致に生かす計画で、5回以上の研修を受けた17人を、防災教育ガイドに認定した。3月中旬に配信を始めた、震災遺構や観光スポットの情報を視聴できるスマートフォン向けアプリも活用する方針である。【4月1日 熊本日日新聞より】
▼南阿蘇村 復興に向けて
http://www.vill.minamiaso.lg.jp/site/28kumamotozisinn/list76-325.html