ニュース
防災関連の最新ニュースをご紹介
記事が削除される等の理由で、リンク切れとなる場合があります。ご了承下さい。
-
【歴史・教訓】熊本地震の教訓一冊に 九大の研究者有志が刊行
九州大学の研究者9人が、熊本地震の研究成果や、災害時の対処方法をまとめた本「九州の防災-熊本地震からあなたの身の守り方を学ぶ」を刊行した。非売品だが、300部を一般に提供している。学生の要望を受けて昨年度に開講した講義「九州の防災」の講師陣が手掛けた。講義は理学や工学、医学など幅広い分野の研究者十数人が担当。熊本地震の発生要因などの研究成果や、識者として被災地入りした内容などを、受講生以外にも幅広く伝えようと、有志で論文を寄せ合い、本にまとめた。DMATとして現地入りした活動記録、避難所での口腔ケアの方法、芸術による復興支援の手法など内容は幅広い。編著代表の杉本めぐみ九大助教(防災教育)は「九州の防災対策はまだ途上。いつ、どこで起きるか分からない災害に、自分の命を守る知恵を、本を通して広げたい」と話している。【4月16日 西日本新聞より】
▼九州大学の基幹教育教科書『九州の防災~熊本地震からあなたの身の守り方をまなぶ』出版のご報告と授業開講のお知らせ
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/notices/view/1014 -
【歴史・教訓】<チームセンダイ>先輩の被災体験、新人に継承 朗読やゲームで心構え共有/宮城
宮城県仙台市職員の自主勉強会グループ「Team Sendai」が、東日本大震災での経験を新規採用職員に伝える取り組みを強化している。3日にあった新職員向けの研修では、メンバーが先輩職員の震災体験記を読み上げると、約330人の出席者は真剣な表情で聞き入った。近年は震災に対する関心が薄い新職員もおり、当時の苦労や教訓を実感してもらうきっかけになっている。市は今後、2012年1月に始めた職員への聞き取りを続けて体験記の充実を図るほか、語り手となる職員の養成を目指す方針である。共同で聞き取りをしている東北大災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授(災害情報学)は「行政の記録は成功例にとどまるケースが多い。チームセンダイの活動は意思決定までのプロセスや当時の心境を伝えることができる」と強調する。チームセンダイの「仙台市職員から見た震災記録チーム」代表で市防災環境都市・震災復興室の柳谷理紗さんは「震災から7年がたち、重い口を開く職員もいる。経験を語り合い、共有できる場をつくっていきたい」と話した。【4月12日 河北新報より】
-
【歴史・教訓】教訓普及後押し 熊本の団体、神戸の語り部と交流
熊本地震の被災地で、震災の語り部たちが記憶の継承に向けて動き始めた。2月上旬、益城町最大の仮設住宅「テクノ仮設団地」で暮らす被災者ら4人が兵庫県神戸市長田区を訪れた。企画したのは神戸大地域連携推進室学術研究員の山地久美子さん(災害社会学)で、阪神・淡路大震災後にまちづくりの専門家らで結成された「神戸復興塾」に参加し、熊本地震後は益城町などを訪ね、町職員向けの意見交換会で阪神・淡路の語り部について伝えた。テクノ仮設の自治会長でNPO法人「益城だいすきプロジェクト・きままに」代表の吉村静代さんは、今後、幼児から高齢者までそれぞれが感じた地震を記録に収めようと計画している。一方、山地さんは2年前から宮城県南三陸町や淡路市で開いてきた「全国被災地語り部シンポジウム」を、次回は初めて熊本市内で開くことにした。山地さんは「兵庫の被災経験が熊本の教訓になり、熊本の経験が兵庫の教訓になる。伝え合い、学び合いが未来の災害への備えとなるはず」と話している。【4月8日 神戸新聞より】
-
【歴史・教訓】大火の教訓を語り継ぐ…糸魚川/新潟
2016年12月に新潟県糸魚川市の中心市街地で147棟を焼いた「糸魚川大火」の教訓を伝えるため、市は1年間の復興の歩みをまとめた記録誌を発行した。第1部の火災の概要によると、市消防本部の調査では、被害額の7割は建物の焼失だった。発生時の消火活動については、地図上で時間ごとの延焼状況とともに示した。第2部では復興まちづくり計画の内容をはじめ、復興の進行状況、昨年12月22日に開かれたシンポジウムの概要などを収録している。記録誌は、カラー写真入りA4判84ページで、市内の公民館、図書館などの公共施設に配置している。【4月5日 読売新聞より】
▼糸魚川市駅北大火復興情報サイト
https://hope-itoigawa.jp/ -
【歴史・教訓】陸前高田に整備中の施設名称は「東日本大震災津波伝承館」に/岩手
東日本大震災の風化を防ぎ、震災で得た教訓を国内外で共有するため、陸前高田市の高田松原津波復興祈念公園内で整備中の震災津波伝承施設の名称が「東日本大震災津波伝承館」と正式決定したことが、26日、明らかになった。伝承館は、震災で多くの命が失われた事実をありのまま伝え、命を守るための教訓を語り継ぐ施設。災害を乗り越え、復興へと歩んでいる姿も発信する。館内には「いのちを守り、海と大地と共に生きる~二度と東日本大震災津波の悲しみを繰り返さないために」をテーマに、被災者の避難や救助の様子などをパネルや映像などで紹介する。津波で流された消防車など津波の破壊力を実感できる物も展示する予定である。【3月27日 産経ニュースより】
▼岩手県 震災津波伝承施設(仮称)の正式名称について
http://www.pref.iwate.jp/dbps_data/_material_/_files/000/000/063/166/03densyoukan.pdf -
【歴史・教訓】「千人塚の高潮災害」歌曲で伝承 倉敷の住民団体制作、21日披露/岡山
岡山県倉敷市福田地区を中心にした沿岸部で500人以上の死者を出した未曽有の高潮災害を伝承しようと、地元住民が供養施設・千人塚をテーマにオリジナル曲「あゝ千人塚」を作った。彼岸に合わせた21日の供養祭では、同市の双子デュオ・まゆみゆが歌い、災害の恐ろしさや復興へ向けた被災者の思いを伝える。1884年8月25日、台風と満潮が重なり、瀬戸内沿岸で高潮が発生し、干拓堤防が決壊した同地区の被害が最も甚大であった。翌年、地元住民らが身元不明256遺体を合葬した高台に、高さ約3メートルの石碑を建立し、「千人塚の大津波」と語り継いだ。オリジナル曲は「地元でも災害を知らない人が多くなった。先人の努力があって今があることを伝えたい」と、地域のまちづくりに取り組む「水島の未来を考える会」メンバーら5人が昨年春、実行委を立ち上げて企画した。【3月19日 山陽新聞より】
▼倉敷市 千人塚
http://www.city.kurashiki.okayama.jp/15226.htm -
【歴史・教訓】津波の記憶後世に 青森・八戸の中学生ら「銘肝式」
青森県八戸市市川町の多賀地区を襲った東日本大震災の津波の記憶を後世に伝えようと、同地区の多賀多目的運動場にある「津波記憶石」の前で14日、市川中と同地区連合自主防災会による「銘肝式」が開かれた。市の記録によると、市川町全体では津波で468戸が全壊か半壊の被害に遭った。式には同中1、2年生と地区住民ら約250人が参加。自主防災会長の音喜多市助さんはあいさつで「今度はいつ津波がくるか分からないが、とにかく避難をしてください」と強調した。【3月16日 河北新報より】
▼一般社団法人全国優良石材店の会 津波記憶石プロジェクト
https://www.tsunami-kioku.jp/ -
【歴史・教訓】津波の教訓心に刻む 大船渡・西光寺で東日本大震災慰霊碑の除幕 過去3回の碑の隣に建立/岩手
過去の津波で犠牲になった人々が数多く眠る岩手県大船渡市大船渡町の西光寺に東日本大震災犠牲者慰霊碑が完成して11日、除幕式があった。完成した碑には、両脇の銘板に「地震が来たら、より高きところへ逃げよ」「逃げたら決して戻るな」「車を使うな、捨てて逃げよ」という教訓と大船渡、陸前高田両市の被害状況や犠牲者51人の名前を刻んだ。隣り合って明治三陸大津波(1896年)、昭和三陸津波(1933年)、チリ地震津波(1960年)の各慰霊碑も並んでいる。【3月12日 河北新報より】
-
【歴史・教訓】高森で三六災害実録映画を初公開 体験者証言集め制作/長野
1961(昭和36)年に伊那谷で100人以上の死者や行方不明者を出した三六災害について、日本映画大の学生たちが長野県高森町山吹追分地区を中心に体験者の証言を集めたドキュメンタリー映画「龍が立つ時」が5日、町福祉センターで初公開された。同大は2016年に町内でドキュメンタリー制作に取り組んだ際、山吹にある慰霊碑を見つけたのをきっかけに、「話を残しておかないと」と山吹の三六災害の実態に特化した映画制作を決めた。2017年5月、再び町を訪れ、当時消防団員として救助や捜索に携わった原良平さんや、濁流に流されたが命をとりとめた竹内貴代子さんら4人を訪ね、話を聞いた。原さんは「(山中の)木をちゃんと管理しないとまた起きる。これからの若い人たちに教訓を伝えたい」と話した。映画は町に寄付され、町のケーブルテレビや歴史民俗資料館などで活用していく予定である。【3月6日 中日新聞より】
▼一般社団法人中部地域づくり協会 三六災害
http://www.ckk.or.jp/saigai/2011/36-01/36.html -
【歴史・教訓】故田井晴代さんの思い継ぐ 徳島市高生が防災研究/徳島
徳島市立高校2年の女子生徒5人が、過去の南海地震を記録した古文書「震潮記(しんちょうき)」を現代語訳した故・田井晴代さんの教えを生かした防災研究に取り組んでいる。5人は、徳島市立高校がある沖洲地区の震災後の復興計画作りをテーマに昨年7月から研究を始めた。前年の2年生が進めてきた、震潮記に書かれた津波避難時の教訓を同地区に生かす研究を引き継いだもので、震潮記について学ぶため昨年12月に田井さん宅を訪ね、地域ぐるみの津波対策の大切さを学んだ。今後は住民の意見聴取を経て研究成果をまとめ、17日に京都大である、近畿の高校生らが科学研究の成果を競う大会に出場し、震潮記の記述や田井さんから学んだ津波防災の心構え、住民を交えた復興計画作りの重要性などを紹介する予定である。【3月4日 徳島新聞より】
▼安心とくしま 震潮記とは?
https://anshin.pref.tokushima.jp/bunya/shintyouki/ -
【歴史・教訓】女性の災害支援を本に/宮城
公益財団法人「せんだい男女共同参画財団」が、記録集「よりよく生き延びる―3.11と男女共同参画センター」を自費出版した。災害時に弱い立場に置かれがちな女性が支援する側に立ち、復興の担い手として活動する姿が記されている。同財団は2001年から、女性の自立支援を目的に活動。東日本大震災当時は、ライフラインや避難所の情報を伝える市の「災害緊急ダイヤル」の業務を任された。その際に、同財団は女性専用の「女性の悩み災害時緊急ダイヤル」を開設したところ、避難所生活の長期化に伴い、「下着を干すのが気になる」などの悩みも寄せられた。これらを踏まえ、同財団は仙台市内の女性ボランティアを募り、県内の避難所で暮らす女性から預かった衣類を無料で洗濯する「せんたくネット」を開始した。これらの震災の教訓を広く伝えようと、企業の寄付金などにより、昨年11月に出版した。【2月28日 読売新聞より】
▼せんだい男女共同参画財団 書籍『よりよく生き延びる ―3.11と男女共同参画センター』を発行しました
http://www.sendai-l.jp/cgi-local/info/view.cgi?ARTICLE=on&B_NO=CAT04&NO=330 -
【歴史・教訓】<震災7年>災害の教訓次の世代へ 南三陸で語り部シンポ 方策探る/宮城
自然災害の教訓を次世代に語り継ぐ方策を探る「全国被災地語り部シンポジウムin東北」が25日、宮城県南三陸町の南三陸ホテル観洋で開催された。パネル討論で、宮古市の震災遺構となっている「たろう観光ホテル」でガイドを務める元田久美子氏は「つらい建物だが、これからの命を守るためには目に見えるものが必要だ」と強調した。熊本県益城町のボランティア団体代表理事の吉村静代氏は「他の地域とネットワークを構築し、発信力を高めていきたい」と述べた。海外からの来客に対応するため、ガイドの多言語化についても話し合った。未来への伝承をテーマにした分科会もあり、南三陸町の小学生と高校生、福島県新地町の新地高の生徒が震災の体験や防災活動を発表した。【2月26日 河北新報より】
▼「全国被災地語り部シンポジウムin東北」実行委員会
https://www.facebook.com/kataribesymposium/ -
【歴史・教訓】被災体験や防災課題語る 大鶴地区で「ツルトーク」 風化防ぎ、災害に強い地域へ/大分
復興支援組織「ひちくボランティアセンター」の主催で18日、九州豪雨当日の状況や今年の梅雨時季への備えなどを住民らが語り合う会合「ツルトーク」が、大分県日田市大鶴地区で開かれた。被災者やボランティアら約30人が参加、3グループに分かれて「豪雨当日の避難状況」「今年の梅雨時季への備え」「復興とは何か」などのテーマで意見交換した。避難態勢について住民らは「支援が必要な人を災害時にどう助ければいいのか」「避難路の安全性が心配」などの不安を吐露。「家族や小集落ごとにルールを決めるべきだ」「空振りでもまず逃げる意識を持とう」と早めの避難が重要との声が相次いだ。「ひちく」は、同様の会合を小野地区でも開く予定で、事務局スタッフの矢羽田健太さんは「話し合いを重ねて参加者も増やし、災害に強い地域づくりにつなげたい」としている。【2月21日 西日本新聞より】
▼ひちくボランティアセンター
https://hichikuvc.wixsite.com/hivolu -
【歴史・教訓】被災者に聞く避難所生活 支援団体代表が南三陸を訪問/富山
富山県富山市の支援団体「ふっこうのおと」の小林仁代表が18日、宮城県南三陸町を訪れ、避難所生活の実態を被災者から聞き取った。回答は3月11日に富山市内で開くイベントで発表し、冊子化も計画している。小林さんは、震災から7年近くが経過し、災害が少ないとされる富山県内では「自分が被災するとは思っていない人が多い」と危機感を覚えたことから、少しでも被災者の身になって考えてもらおうと避難所生活に関する質問を募集し、350件が寄せられた。質問の回答者となった南三陸町の小野寺寛さんは「当時は5か月も避難所で暮らすことは誰も考えていなかった。まずは『食べる、寝る、排せつする』の3つを確保することが重要だ」と指摘。「日頃から地域の避難所を知り、最初に逃げる場所を決めておく。災害はいつどこで起きるかわからない。今の生活が当たり前でなくなった時にどうするか考えるべきだ」と訴えた。【2月19日 読売新聞より】
▼ふっこうのおと
https://www.facebook.com/fukkounooto/ -
【歴史・教訓】防災意識、災害体験記に学ぶ 京都で研修会
京都府京都市左京区で5日、「災害エスノグラフィー」が行われ、同区で赤十字活動に取り組む赤十字奉仕団員27人が参加した。エスノグラフィーは「民族誌」を意味する英語で、災害エスノグラフィーは、過去の災害を読み物風にまとめた資料を通して、被災者が何に悩み苦労したのかを追体験することを目的としている。参加者は、阪神・淡路大震災後の兵庫県西宮市での聞き取りを基にした体験記を読み、初めて知ったことや重要と感じたことを書き出し、5つのグループごとに意見発表した。体験記の中で、地域住民が助け合って建物の下敷きになった人を救出したという話から、「いざという時には地域力が大事。町内会加入を勧める際に災害時のことも強調したい」などの意見が聞かれた【2月6日 京都新聞より】
▼日本赤十字社 赤十字防災セミナー
http://www.jrc.or.jp/activity/saigai/seminar/ -
【歴史・教訓】震災伝承へ官民組織 ネットワーク化を担う 宮城県方針
東日本大震災の記憶や教訓を後世に伝承する取り組みを話し合う宮城県の有識者会議が1日、仙台市青葉区の県庁本町分庁舎であり、持続的な伝承活動に向け、県は官民連携組織を発足させる方針を示した。新たな組織は情報発信、連携交流の拠点として、震災関係団体のネットワーク化を担う見通し。震災記憶・教訓の収集や活用、教育研修といった機能のほか、語り部などの人材育成、アーカイブ分析、震災遺構・伝承施設の連携体制づくりに取り組む。3月予定の次回会合で、県は震災遺構・伝承施設、アーカイブの活用策などの方向性をまとめる方針である。【2月2日 河北新報より】
▼宮城県 東日本大震災の記憶・教訓伝承のあり方検討有識者会議
https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/fukusui/densyou-yuusikisyakaigi.html -
【歴史・教訓】住民の写真 防災に活用/広島
2014年の広島土砂災害など過去の災害の記憶を伝えるため、広島県は2月1日から、住民から提供された写真などを使った啓発用パネルの貸し出しを始める。各地域の自主防災組織など市民の防災への取り組みを促すのが狙いである。県砂防課によると、広島土砂災害の写真のほか、終戦直後、多くの被爆者が犠牲となった枕崎台風(1945年)、呉、広島両市など県内各地で土砂崩れが続発し、土砂災害防止法が制定されるきっかけになった「6.29豪雨災害」(1999年)、芸予地震(2001年)などを105枚で紹介する。3種類の解説DVDもある。30日は、住民らから提供された写真などを学識経験者らが審査する運営会議が開かれ、類似のものがないかや、公開にあたり個人情報の観点から問題がないかが審議された。これまで寄せられた写真や体験談966点は県のHP上の「地域の砂防情報アーカイブ(保存記録)」で公開されており、今回審査された資料も3月下旬に追加される予定である。パネルのデータも2月1日から、県のHPからダウンロードできる。【1月31日 読売新聞より】
▼広島県 地域の砂防情報アーカイブ
http://www.sabo.pref.hiroshima.lg.jp/saboarchive/saboarchivemap/index.aspx -
【防災施策】災害時の史料保全で連携 東北大、神戸大が協定
東北大と神戸大などは28日までに、全国の大学と連携し、古文書など個人や自治体が所有する史料のデジタル化や災害時の保存・修復を相互支援する体制づくりを進める協定を結んだ。阪神大震災の際、文化財保護に取り組んだ神戸大が相互支援体制づくりを主導。まず南海トラフ巨大地震で被災が予測される地域と中国地方の大学が参加する協議会をそれぞれ設立し、順次、全国に連携を広げる。東北大は東日本大震災の津波被災地で古文書などを回収し、修復作業に当たった経験を生かし、史料の保存技術の研究を先導する。協定には大学共同利用機関法人・人間文化研究機構も参加。各大学が地域で収集した史料は、同機構傘下の国立歴史民俗博物館などがデジタル化し、所有者の意向などで非公開とする部分を除き、インターネットで自由に閲覧できるようにする。【1月28日 日本経済新聞より】
-
【歴史・教訓】常総・若宮戸、新堤防に記念碑 水害、後世に伝える/茨城
2015年9月の関東・東北豪雨で鬼怒川の氾濫による水害があった茨城県常総市若宮戸地区に、水害記念碑が建立され、21日に除幕式が開かれた。若宮戸地区にはもともと堤防がなく、堤防の役割を果たす自然の丘陵があったが、豪雨時に2カ所から水があふれ、民家が濁流にのまれた。記念碑は、国交省が水害後に整備した新しい堤防上に建立した。「水害復興の碑」と神達岳志市長が揮毫し、裏面には当時の被害状況のほか、水害後に同省が着手した治水対策「鬼怒川緊急対策プロジェクト」について記されている。除幕式で、神達市長は「当時はこの場所から最初に水があふれ、その後、下流の上三坂地区で堤防が決壊し、市の面積の3分の1が水没した」と振り返り、「水害を後世に伝え、防災先進都市としての歩みを進めたい」と決意を述べた。市は昨年9月、堤防が決壊した上三坂地区にも水害記念碑を建立している。【1月23日 茨城新聞より】
▼常総市 【水害記念除幕式を行いました】
https://www.facebook.com/joso.city/posts/1375678989202968 -
【歴史・教訓】各地で鎮魂の祈り=教訓継承、決意新たに-阪神大震災23年/兵庫
6434人が亡くなった阪神大震災は17日、発生から23年になった。兵庫県内の各地で追悼行事が営まれ、鎮魂の祈りがささげられた。神戸市中央区の東遊園地では、NPO法人などが追悼の集いを開き、約2万5000人が参加した。追悼式では、次男を亡くした同市の崔敏夫さんが遺族を代表し、「震災体験者として語ることが私の原動力。息子の分まで頑張ることが私の使命だ」と追悼の言葉を述べ、記憶の継承に尽力することを誓った。県なども正午前から、神戸市中央区の慰霊碑前で追悼式典を開催。県立舞子高校3年の後藤謙太さんも式典で「震災を経験していない世代が語り継ぎを始め、過去の教訓を未来に生かしていかなければならない」と話した。【1月17日 時事ドットコムより】
▼兵庫県 ひょうご安全の日のつどい
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk41/event/anzennohi.html