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防災関連の最新ニュースをご紹介
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【歴史・教訓】震災の記憶、劇で伝える 東京の劇団、南三陸で聞き取り制作
東京の演劇集団「ごきげん一家」が、東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の住民の体験談を基にした朗読劇を制作した。町内の一般社団法人南三陸研修センターが企画。ごきげん一家の団員が2月下旬に町内に滞在し、震災を経験した高校生や元町職員ら12人から当時の状況などを丹念に聞き取り、30分の劇に仕上げた。公演は同26日に町生涯学習センターであり、約20人が鑑賞した。団員4人が町を襲った津波の恐怖、変わり果てた町を目の当たりにした心境、犠牲者の分まで生きていくとの思いを朗読した。ごきげん一家は2018年に旗揚げした。これまで南三陸の民話を題材にした演劇を披露していたが、震災をテーマにした作品は初めて。今後は首都圏で公演するということである。【3月16日 東京新聞より】
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【歴史・教訓】震災施設結ぶ伝承ロード 風化防止へ、教訓未来につなぐ
東日本大震災で被災した青森、岩手、宮城、福島各県の産官学が連携し、震災の教訓を伝える取り組みを進めている。「3.11伝承ロード」は、甚大な被害を受けた太平洋沿岸を中心に、地方自治体や民間団体が推薦した遺構、石碑、慰霊碑などを震災伝承施設として登録。津波と建物を組み合わせた標章を使った案内板を設置したり、主な施設を記載した地図を作成したりし、被災地を訪れる人が効果的に震災の教訓を学べる仕組みをつくろうという試みである。昨夏には一般財団法人「3.11伝承ロード推進機構」が発足した。代表理事の今村文彦東北大災害科学国際研究所所長は「東日本大震災は広域、複合的な災害で、被害や復興状況が地域で異なり、津波の言い伝えなどの防災文化もある。(被災地を巡れば)震災への理解が深まる。機構はガイド役になりたい」と意義を説明する。登録された震災施設は1月末現在で224件に上り、説明者を配置したり、津波の映像を上映したりして震災を詳しく学べる施設もある。【3月11日 時事通信より】
▼3.11伝承ロード推進機構
http://www.311densyo.or.jp/ -
【歴史・教訓】遺構、津波の恐怖体感 全国の中高生「生きる力」学ぶ―東日本大震災9年
東日本大震災の被災地に保存される震災遺構には、全国の中学校、高校が修学旅行、震災学習で訪れている。宮城県気仙沼市にある気仙沼向洋高校の旧校舎は昨年3月、気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館として生まれ変わった。3階には津波で流れて来た車がひっくり返り、自然災害の脅威を見せつける。館長の佐藤克美さんは「修学旅行生には、語り部ガイドが付いて説明している。初年度は想定以上の人に来てもらった」と話す。同市観光コンベンション協会の畠山雅英さんは、ある修学旅行生が遺構の内部を見て回り、「誰かが造ったのかと思った」と友人に話す場面を目撃した。「ついにそういう世代が出てきたか」と感じたといい、「津波の映像を見たことがあっても実感が湧かなかったのだろう。震災を知らない世代は一度でいいから来てほしい」と訴える。2017年4月に公開された仙台市の震災遺構、荒浜小学校も年を追うごとに修学旅行の予約が増え、市外の学校が相当数に上るという。みやぎ教育旅行等コーディネート支援センターの小林由季さんは「最初は『震災を学ぶ』だったが、『震災から教訓を学ぶ』へと学校のニーズが変わった。復興を力強く進める被災者の話を通じ、生きる力を身に付けさせたいという学校も増えている」と解説した。【3月11日 時事通信より】
▼気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館
http://www.kesennuma-memorial.jp/ -
【歴史・教訓】津波記念碑3基を文化財指定 すさみ町、防災の教訓に/和歌山
和歌山県すさみ町は宝永や安政、昭和の地震で先人が残した教訓に学び、地域住民の防災意識を高めるための記念碑3基を町文化財に指定した。指定した地震災害に関する碑はいずれも同町周参見に建てられている、王子神社裏山の大日山にある「為後鑑(のちのためのかがみ)」碑と国道42号沿いに立つ「故志士谷三郎左衛門氏記念碑」、万福寺の境内にある「津波乃碑」の3基。為後鑑は安政地震後の1857(安政4)年に山崎地区の住民が建てた。津波が襲来する前に大日山に避難して難を逃れられたのは、頂上に祭られている大日如来の擁護と住民の信仰のおかげなど―と刻まれている。1979年に大日如来堂が再建された時の趣意書によると、山崎地区ではかつて、大日講の餅投げの餅を頂上に運ぶ際、区長が先頭に立って小太鼓を鳴らし、後に続く住民は「おう、おう」と声を上げたという。夜間の津波に備え、太鼓と掛け声を頼りに頂上まで登る避難訓練でもあったと考えられている。県立博物館によると、県内で地震・津波関連の記念物を文化財指定している自治体は少ないということである。【3月4日 紀伊民報より】
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【歴史・教訓】津波避難の教訓刻む 女川町に「いのちの石碑」18基目完成/宮城
東日本大震災の教訓を後世に伝えようと、宮城県女川町女川中学校の卒業生らが建立を続けている「女川いのちの石碑」の18基目が同町大石原浜地区に完成し、現地で1日、披露式があった。卒業生有志でつくる「女川1000年後のいのちを守る会」のメンバーと地元住民らが参加。震災当時、同地区では住民が高台に避難し、犠牲者が出なかったことなどが説明された。いのちの石碑は2011年4月に女川中に入学した生徒たちが発案した。2013年11月の1、2基目を皮切りに町内の各津波到達地点より高い場所に建立。最後となる21基目は今夏新設される女川小・中学校敷地内に建てられ、11月22日に披露式がある。【3月2日 河北新報より】
▼女川1000年後のいのちを守る会
https://www.inochino-kyoukasho.com/ -
【歴史・教訓】三六災害、猛威を忘れない 阿智で記録写真展/長野
「三六(さぶろく)災害」の記憶を語り継ごうと、企画展「忘れない!伊那谷36災害記録写真展」が、長野県阿智村の熊谷元一写真童画館で開かれている。会場には、主に飯田市川路や会地村(現阿智村)で熊谷さんが撮影した写真60点が並ぶ。電柱が倒れ、道は土砂で埋め尽くされた商店街や一面が水で覆われ、葉も木の枝も見えない桑畑など、災害前はどういった光景だったのか想像するのが困難なほど、変わり果てた伊那谷の姿が写し出されている。発生当時、役場の建設課職員として復興にあたった熊谷元一写真保存会会長で、元村長の岡庭一雄さんは、伊那谷一帯の地盤が脆弱で、豪雨などの水害に弱いことを指摘。リニア中央新幹線の工事に伴い発生する残土を、伊那谷の谷筋に埋めることに対しては「滑り台の上に土をおくようなもの。リニアに関してネガティブな話をしにくい雰囲気があるが、三六災害の経験者は心配している。工事を進めるにあたり、安全性など科学的根拠を明らかにする必要がある」と懸念を示す。【2月13日 中日新聞より】
▼阿智村 熊谷元一 写真童画館
https://www.vill.achi.lg.jp/site/motoiti/ -
【歴史・教訓】災害史 紙芝居で次代へ 笠間の住民が制作/石川
石川県の白山市笠間地区の歴史を伝える「笠間郷土史クラブ」が、災害の教訓や防災対策をまとめた紙芝居作りを進めており、地区社会福祉協議会が16日、笠間公民館で行う防災イベントで披露しようと目指している。紙芝居は全12枚で、2章立て。前半の6枚は「手取川大水害」や「三・八豪雪」など、過去に地域に起きた災害を伝える。後半では災害時の避難行動の在り方や必要な備蓄品について紹介する。市の総合ハザードマップも折り込み、避難場所も確認してもらう。絵を担当したクラブの坂本雅邦会長は、紙芝居作りの理由を「災害は誰にとっても無縁ではない、と感じてほしいという思いから」と話す。坂本さんは会員の米田浅子さんと協力し、約3カ月かけて紙芝居の絵を画用紙に描いた。「見た人に当時の様子を想像してもらうためには絵の緻密さが不可欠」と考え、災害体験者に話を聞き、現場に足を運んで、絵に反映させた。完成した紙芝居は今後、地域の歴史を伝える「笠間おはなしの会」が、公民館で10月にある文化祭などでも読み聞かせする予定である。【2月9日 中日新聞より】
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【歴史・教訓】日本災害DIGITALアーカイブ 震災資料22万点を提供 県、連携協力の覚書/岩手
岩手県は、東日本大震災に関する資料をインターネット上で収集・公開するシステム「日本災害DIGITALアーカイブ」に、県の震災資料をまとめた「いわて震災津波アーカイブ~希望~」で公開している画像など約22万点を提供した。システム管理者の米ハーバード大エドウィン・O・ライシャワー日本研究所と5日、連携・協力に関する覚書を締結した。県では市町村や病院、大学などの協力を得て資料を収集し、2017年3月にサイト「いわて震災津波アーカイブ~希望~」を公開。震災の記憶を広く後世に伝えようと、約120万点の資料が閲覧でき、海外の研究者も利用する同システムへのデータ提供を決めた。二次利用の許諾を受けた被災地の写真や動画、新聞記事など約22万5000点が追加され、同日から閲覧・検索が可能になった。【2月6日 岩手日日新聞より】
▼ライシャワー日本研究所 日本災害DIGITALアーカイブ
http://jdarchive.org/ja -
【歴史・教訓】震災学ぶ施設224件に 岩手の津波伝承館など追加
国土交通省東北地方整備局などでつくる協議会は3日までに、東日本大震災の被害や教訓を伝える「震災伝承施設」への登録が計224件になったと発表した。ホームページ上で紹介するほか、受け入れ態勢が充実していると判断した施設には専用のマークを道路の案内看板などに使用することを認める。昨年7月に宮城県名取市の震災メモリアル公園など5件、昨年9月に陸前高田市の伝承館など3件を追加。この日は、住宅を根こそぎ奪った津波の威力を物語る「仙台市荒浜地区住宅基礎」など24件の登録を決定した。協議会は遺構などを「伝承ロード」として結び、情報発信する取り組みも進めている。【2月3日 日本経済新聞より】
▼国土交通省東北地方整備局 「震災伝承施設」への追加登録施設が決定しました~登録総数 224 件に~
http://www.thr.mlit.go.jp/Bumon/kisya/kisyah/images/79537_1.pdf -
【歴史・教訓】災害写真をデジタル化 「アーカイブぎふ」始動/岐阜
過去の災害の写真をデジタル化して後世に残す取り組み「災害アーカイブぎふ」が、岐阜県内で始まっている。きっかけは一昨年に加茂郡川辺町の中学校であった防災教室だった。防災士の平岡守さんが、豪雨に伴う土砂崩れで104人が死亡・行方不明になった1968年の飛騨川バス転落事故に関連し、「町内でも豪雨の被害があったことを知っているか」と問い掛けたところ、知っていた生徒はクラスで1人だけだった。相談を受けた小山真紀・岐阜大流域圏科学研究センター准教授(地域防災学)が、東日本大震災の記録のアーカイブプロジェクト「みちのく震録伝」を手掛ける東北大災害科学国際研究所の共同研究プロジェクトに応募。2018~19年度の事業に採択された。昨年2月、川辺町役場から当時の写真の提供を受けて町内でワークショップを試行したところ、写真を呼び水に参加者から次々と体験談が出てきた。写真は県や市町村、住民から集め、1891年の濃尾地震の記録を含め東北大のサーバーに蓄積する。災害に対する地域の弱点を知って将来のまちづくりに役立ててもらうため、新年度以降に公開。学校教育や地域防災での活用を見込む。ワークショップの進行役や写真のデータ化を担う人材を育成し、住民主導での県内全域の網羅を目指す。「大災害だけでなく、名が無くとも地域では大切な災害も残したい」と小山准教授。「アーカイブを通して災害を『自分ごと』と捉え、自分が住んでいるところで過去に何が起きたかを知ってほしい」と話す。【2月1日 岐阜新聞より】
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【歴史・教訓】南海トラフ地震4万年に200回 遠州灘調査、マグニチュード8級
海洋研究開発機構などのチームは29日、静岡県西部沖(遠州灘)の海底掘削調査で過去4万~5万年間に平均200年置きで巨大地震が起きた可能性を示す地層を採取したと発表した。マグニチュード8級の巨大地震が繰り返したとみている。「タービダイト」という地層で、地震などによって海底の土砂が巻き上げられて再び積もってできた砂などの層。5万~4万年前以降で、地震200回分に当たる約200枚を確かめた。海洋機構の金松敏也上席技術研究員は「非常に貴重な記録だ。地震の規模、間隔を解明したい」としている。【1月29日 共同通信より】
▼海洋研究開発機構 「ちきゅう」による遠州灘掘削の速報:長期間の連続した地震記録試料を採取
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20200129/ -
【歴史・教訓】「平時から備えを」 防災討論会で呼び掛け/和歌山
熊野人倶楽部の主催で26日、1889(明治22)年の明治大水害(富田川流域大水害)をテーマにしたシンポジウム「130年前の富田川流域大水害に思う」が和歌山県上富田町の上富田文化会館であった。毎年合同で水害犠牲者の慰霊に努めている町内の住職が登壇者として出席した。最初に、三宝寺の岩橋幸大住職が「富田川流域大水害の概要」と題して基調講演を行い、水害当時の三宝寺17代住職が書き残した文献「大洪水現況実記訓戒」から抜粋し、洪水で人や家が流された状況を記した部分を紹介した。また町史に掲載されている水害の原因を説明。89年8月17~20日の累積雨量が1295ミリだったこと、明治期に進んだ山林伐採、堤防の脆弱さの3点を挙げた。その後の討論会は、救馬渓観音の森本真弘住職が進行役を務め、岩橋住職のほか、観音寺の山田一光住職、円鏡寺の松井宗学住職が「3寺院の大水害の実態」と題して討論した。山田住職は、過去帳や寺の慰霊碑から水害の被害状況を説明。現在、同寺が避難場所になっていることや、災害時の寺の役割などを語った。松井住職は、境内の石碑に刻まれた富田川災害記に触れ「災害に備える大切さを後世に伝えたい」と述べた。【1月27日 紀伊民報より】
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【歴史・教訓】「現代三重の災害」緊急刊行
三重県の県史編さん班は、令和元年度が伊勢湾台風から60年、昭和東南海地震から75年の節目の年にあたることから、防災、減災の安全安心確保のため、三重県史の別冊「現代三重の災害」を緊急刊行した。三重県史の通史編・近現代2の別冊として発行した。戦後の三重の災害史を戦後復興期、高度成長期、安定成長期、平成期の4つに区分して構成。各部で風水害や地震、津波災害、火災、爆発事故、海難事故、伝染病、家畜伝染病などを項目に分けて記述している。うち伊勢湾台風は約10ページにわたって記述。台風発生から通過まで、大災害を細かく著述した。戦後すぐの昭和21年の南海地震や、列車事故、脱線事故、石油コンビナート火災、紀伊半島大水害なども詳しく記述。阪神・淡路大震災や東日本大震災での県内の対応なども記載している。【12月23日 産経新聞より】
▼三重県 三重県史の別冊として『現代三重の災害』を刊行しました
http://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/m0011900087.htm -
【歴史・教訓】自然災害伝承碑 進まぬ申請 自治体関心に差 地図記号制定も知名度低く
「自然災害伝承碑」の地図記号を今年制定した国土地理院は、4月から全国の市区町村に申請を呼びかけている。市民らによって長く守られてきた碑が地図上に追加されていく一方、自治体の防災担当者が国土地理院の取り組みや碑の存在を把握していないために申請されない課題も浮かんでいる。大阪府では現在、3基が認定されたのみ。大阪市天王寺区の四天王寺には無縁墓に混じり、1854年に発生した安政南海地震の被害を伝える石碑がある。郷土史家の長尾武さんが古文書の記述を頼りに2010年に探し当てたが、他の墓石に埋もれ、碑文が十分に読めない。長尾さんの指摘で、大阪市教委が説明板を立てたが、地図記号の申請はされていない。大阪市教委は「碑文が見づらく、伝承碑として申請に適切か分からなかった」と説明。国土地理院によると、碑文に災害の概要が刻まれていなかったり、読めなかったりする場合でも、説明板や文献で補われた情報を寄せれば申請を受け付けるという。四国や東北地方の自然災害伝承碑の現地調査を続けてきた香川大の松尾裕治客員教授は「災害への啓発活動に、自治体によって温度差が生じている。地図記号化の動きを機に、市区町村の防災担当者は、郷土史家などの知恵も借りて把握していなかった碑の新たな発掘も行い、地域住民に次の災害への心構えを持ってもらうべきだ」と警鐘を鳴らす。【12月18日 毎日新聞より】
▼国土地理院 自然災害伝承碑
https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/denshouhi.html -
【歴史・教訓】震災遺構保存へワークショップ 旧中浜小、校歌残し風化防止/宮城
東日本大震災で大きな被害を受け、震災遺構として公開の準備が進む宮城県山元町の旧中浜小学校で、校歌を歌って録音し保存することで震災の教訓を後世に伝えようと、今月1日に同町で「校歌復刻保存ワークショップ」が開かれた。震災復興を支援する団体「オーバーザレインボウ基金」の主催で、ワークショップの様子を録画し、動画配信サイト「ユーチューブ」に投稿することなどを通じて、震災の風化の防止を図るのが狙いだという。震災時、校長を務めていた井上剛さんもワークショップに駆けつけた。退職後は語り部などの活動を通して震災の記憶を伝えている。井上さんは「私たちの思い出だけでなく、学校、町が被災したことを未来に伝えることが校歌を残す意味になる。録音した校歌は、震災遺構の校舎内で流してほしい」と語った。町では先月25日から今月にかけて、地域住民と東北大、神戸大の学生ボランティアが協力して震災前の町並みを再現したジオラマを制作。震災遺構として公開された後の校舎内に設置される予定だという。町生涯学習課の担当者は「震災前の町を復元することが被災者の心の復興につながる」と指摘した上で、「見る人は震災を自分の身に置き換えて防災に役立ててほしい」と話している。【12月16日 産経新聞より】
▼山元町 旧中浜小学校震災遺構保存整備事業について
https://www.town.yamamoto.miyagi.jp/soshiki/20/8051.html -
【歴史・教訓】大川小の教訓を防災教育に 遺族語り部活動 宮城・石巻市教委など初参加
東日本大震災の津波で児童らが亡くなった宮城県石巻市の旧大川小学校で15日、児童の遺族らでつくる「大川伝承の会」の定期語り部活動があり、宮城県石巻市教委と県教委の職員が初めて参加した。市教委5人、県教委4人の計9人を含む県内外の約250人が参加。語り部を務めた同会共同代表の佐藤敏郎さんと鈴木典行さんらの説明をメモを取るなどして聞いた。佐藤さんは校庭に約50分間とどまった教職員と児童が三角地帯に避難を始めた直後に津波に襲われたことに触れ、「先生たちは1分間しか逃げなかったことを後悔したはず。その事実に向き合いたい」と語った。市教委学校安全推進課の千葉正人課長補佐は「実際に聞いて遺族の気持ちが伝わった。他の職員にも伝えたい。遺族の思いを学校防災教育に生かしていきたい」と話した。【12月16日 河北新報より】
▼大川伝承の会
https://www.facebook.com/ookawadensyo/ -
【歴史・教訓】震災25年で次代への課題検証 専門家らシンポ/兵庫
阪神・淡路大震災から25年を前に、被災地の経験を振り返り、次代への課題を検証するシンポジウム「四半世紀の歩みと“いま”」が8日、兵庫県神戸市の兵庫県立大学であった。阪神・淡路を機に発足、35の国や地域で復興支援などを続けてきたNGO「CODE海外災害援助市民センター」と県立大の共催。いずれもCODEの役員経験者で、初代代表理事で神戸大名誉教授の芹田健太郎氏(国際法)、元理事で市民まちづくり研究所所長の松本誠氏、代表理事で県立大大学院減災復興政策研究科長の室崎益輝氏が震災25年を総括した。室崎氏は「ボランティア元年」と呼ばれた阪神・淡路を振り返り「困った人がいれば少しでも役に立ちたいという個人が立ち上がった」とし、過酷な避難生活などが明らかになる中で「被災者の現状が社会のひずみを映し出し、新しい市民社会の姿を考えさせた」と述べた。芹田さんは、CODEの原点に「政府だけではなくわれわれも公を担っているという意識がある」と解説。その上で災害支援の分野では「被災者の生活を支えることに重心を置けば、政府・自治体とNGOが一緒にできることはもっとある」と力を込めた。松本さんはCODEが被災者支援の理念としてきた「最後の一人まで救う」について、「数の論理で物事を決めたらいいという社会に対する抵抗でもある」と指摘。「少数意見に耳を傾けるという姿勢を忘れてはならない」と強調した。【12月9日 神戸新聞より】
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【歴史・教訓】震災の「つらい話」は… 若者の記憶「選択的継承」進む/神戸
阪神・淡路大震災から来年1月で25年となるのを前に、関西学院大の教授と学生が「記憶の継承」をテーマに兵庫県内3大学の学生445人にアンケートを行った。阪神・淡路を経験していない若者世代の意識を探ろうと、山中速人・総合政策学部教授のゼミが6~9月に関学大と神戸大、神戸常盤大で実施した。アンケートでは「被災地はおおむね復興を遂げた」「復興を進める上で災害の爪痕は消した方がよい」などさまざまな見方を示した上で、それぞれに対する共感の度合いを「そう思う」から「そう思わない」まで5段階で尋ねるなどした。その結果、「将来の防災に役立つ情報や知識を優先して伝えるべき」という意見については「少し」を含め「そう思う」が82%に達した。一方、「被災者の感情や思いの継承に力を入れるべき」では肯定派が59%にとどまり、「どちらとも言えない」も30%あった。他の設問で尋ねた「関心のある情報」でも同様の傾向がみられ、防災情報に比べて、震災犠牲者の記録や被災者個人のエピソードなどについては関心がやや低かった。山中教授はこの状況を「記憶の選択的継承」と表現し「『役に立つ情報が欲しい』『つらい話は聞きたくない』と、受け手の側が情報を選んでいる」と指摘。震災を自然災害としてのみ考える風潮が強まれば、被災者ならではの経験を次代につなぐのが困難になる可能性がある-と危惧する。【12月8日 神戸新聞より】
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【歴史・教訓】7世紀に未知の南海トラフ地震 東西連動型か 津波の痕跡発見/静岡
近い将来の発生が懸念される南海トラフ地震の想定震源域の東側で、7世紀末に未知の南海トラフ地震が発生していた痕跡を産業技術総合研究所などの研究チームが発見し、オランダの科学誌電子版に18日発表した。想定震源域の西側では684年に南海地震の「白鳳地震」が起きており、東西で連動した巨大地震だった可能性がある。痕跡となる4層の堆積物が見つかったのは、太平洋に面した静岡県磐田市の太田川河口付近。堆積物の厚さや河口からの距離などから、津波を起こしたのは、東海地方や紀伊半島東部の沖合で発生したマグニチュード8級以上の南海トラフ地震と判断。堆積物に含まれた植物片による放射性炭素の年代測定から、最も古い堆積物の年代は飛鳥時代の7世紀末と分かった。他の3層は、東西で連動した仁和地震(887年)と永長地震(1096年)、連動した可能性がある明応地震(1498年)だった。チームの藤原治・産総研副研究部門長は「南海トラフでは1300年前から毎回のように東西連動型の巨大地震が発生していたことを裏付けた。防災面での参考にしてほしい」と話す。【11月19日 産経新聞より】
▼産業技術総合研究所 7世紀末と9世紀末の東海地震の痕跡を発見
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2019/pr20191119/pr20191119.html -
【歴史・教訓】治水、地震の歴史振り返る 名古屋市博物館で特別展/愛知
東海地方に甚大な被害をもたらした伊勢湾台風から60年。当時の被災状況をまとめた特別展「治水・震災・伊勢湾台風」が名古屋市瑞穂区の市博物館で開かれており、写真や記録集などをもとに、被害程度の詳細や復旧の過程を理解できる。当時は珍しかったカラー写真を含め、浸水や家屋倒壊の状況を撮影した写真70枚が並ぶ。142人の子どもたちが亡くなった白水小学校の児童の作文集「台風記」の一部を読めるほか、被災直後の様子を記録した女性の日記、気象情報を伝えたラジオなども展示されている。将来の災害の備えにしてもらうため、濃尾平野における江戸時代以降の治水や地震の歴史を振り返るコーナーもある。【9月26日 中日新聞より】
▼名古屋市博物館 伊勢湾台風60年事業「特別展 治水・震災・伊勢湾台風」
http://www.museum.city.nagoya.jp/exhibition/special/past/tenji190729.html