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防災関連の最新ニュースをご紹介
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諫早大水害SNSで伝承へ/長崎
1957年7月25日の諫早大水害の記憶を伝えようと、長崎大の院生や学生が諫早市内に残る水害遺構や体験者を調査し、SNSでの伝承研究、開発に着手した。高齢化に伴う体験継承が危ぶまれる中、水害を知らない世代に情報発信し、防災意識を高めてもらう狙いである。学生自らが提案したテーマで問題解決に取り組む同大工学部の本年度の「創成プロジェクト」の一環。諫早大水害に関する研究を担当している、神戸市出身の杉本さんは阪神大震災後の災害教育を受け、「諫早大水害について知らなかったが、防災に興味がある」と話す。大村市出身の中山さんは「近年、全国各地で水害があり、しっかりと対策を打つ必要性がある」と意欲を見せている。今後、諫早大水害の被害を受けた地域を選んで実地調査を行った後、情報技術(IT)などを活用して発信方法を検討する。【7月23日 長崎新聞より】
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九州北部豪雨 山林崩落の現場は谷地形 調査結果を発表
九州北部豪雨で被害の拡大につながった流木について現地調査を行った林野庁などは、山林が崩れた現場は水が集まりやすい谷の地形で、木の種類や間伐の有無などは影響していなかったとする調査結果を、21日、日田市役所で発表した。それによると、日田市の現場では1ヘクタール以上の山林が崩れておよそ800本の流木が発生し、福岡県側の現場に比べて1か所当たりの面積が大きかった。また、いずれの現場も水が集まりやすい谷の地形で、ほとんどの流木は根がついた状態だったことなどが確認できた。一方、山林が崩れなかった現場と比べた結果、地質や木の種類、それに間伐の有無などは影響してしていなかったとしている。森林総合研究所の浅野志穂治山研究室長は「今後、二次災害を防ぐために必要な調査を続け、土石流を感知するセンサーの設置などの対策を検討したい」と話している。林野庁は、調査結果を踏まえ、今年10月を目処に効果的な対策を打ち出したいとしている。【7月21日 NHKニュースより】
◆林野庁「平成29年7月九州北部豪雨に伴う流木災害等現地調査結果(7月19日~21日)の概要について」
http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/tisan/170721.html -
皇太子さま、国連でビデオ講演=「水と災害」特別会合で
ニューヨークの国連本部で20日に開かれた「第3回国連水と災害に関する特別会合」で、皇太子さまが寄せられた基調講演のビデオメッセージが上映された。皇太子さまは水問題研究をライフワークとしており、メッセージは「水に働きかける」と題し、英語で約27分間、話している。宮内庁によると、今月14日に東宮御所で収録したという。皇太子さまは1361年に発生した津波被害を伝える徳島県美波町の石碑や、昨年訪れた山梨県甲斐市の「信玄堤」を紹介しながら、水と人類の歴史に言及した。水問題の解決は世界の発展や貧困撲滅などに大きく寄与するとして、「私も皆さんとともに、世界のさまざまな水問題解決に向けて歩みを続けていきたいと思います」と述べた。【7月21日 時事通信より】
◆宮内庁「第3回国連水と災害特別会合における皇太子殿下ビデオ基調講演」
http://www.kunaicho.go.jp/page/koen/show/1 -
19日は非常食を食べる日 豪雨災害忘れず 岡谷/長野
「平成18年7月豪雨」から11年となる19日、長野県岡谷市の今井竜五市長らが、土石流が起きた湊の小田井沢川と川岸の志平川の「災害伝承之碑」を参拝し、防災への誓いを新たにした。また、同日を新たに「非常食を食べる日」と定め、同市のレイクウォーク岡谷に非常食の試食コーナーを設け、災害への備えを呼び掛けた。市は豪雨災害が起きた7月19日を「岡谷市防災の日」と定め、市民の防災意識の高揚を図っている。今井市長は「11年の歳月がたったが、現場に行くと記憶がよみがえる。これからも災害に強い安全・安心のまちづくりを進めていかなければならない」と気持ちを新たにした。その上で、「えん堤などハード整備が進んでいるが、自分の身は自分で守ることが基本。つらい経験を忘れることなく、災害に備え、考えるよう市民にもしっかり伝えていきたい」と強調した。【7月20日 長野日報より】
◆岡谷市「岡谷市防災の日(7月19日)制定について」
http://www.city.okaya.lg.jp/site/bousaibox/1803.html -
レッドサラマンダー、見えてきた課題 九州豪雨で災害現場初出動
九州北部の豪雨災害に伴い、現地へ派遣された岡崎市消防本部の全地形対応消防車両「レッドサラマンダー」。災害現場での初めての出動を終えたが、遠方への派遣で生じる移動時間の問題など、課題も見えてきた。走行用ベルトを備えたレッドサラマンダーは、通常の消防車両が通れない悪路でも走行できるのが最大の特徴である。今回は、5日午後9時20分に消防庁から派遣要請があり、10時55分に岡崎市を出発した。ただ、目的地の大分県日田市に到着したのは、約20時間後の6日午後6時40分、孤立集落の安否確認の作業は7日朝からとなり、活動は8日いっぱいまでであり、現場復旧が進んだ9日以降は出番がなかった。レッドサラマンダーの配備を決める消防庁の広域応援室の担当者は、「車両の数を増やし、全国各地に配備した方が良いという声もある」と指摘。一方で、価格が1台1億円以上で、維持費もかかるため「費用対効果も考慮しなくてはならない」と話している。平時の訓練に加え、運転には大型特殊免許を取得する必要があり、全国的な配備となると現場の隊員への負担も大きい。担当者は「今回の出動を踏まえ、聞き取りをした上で配備のあり方を検証していく」と述べた。【7月20日 中日新聞より】
▼岡崎ルネサンス 今、岡崎消防が熱い!日本一のはしご付消防自動車と日本に1台のレッドサラマンダー(全地形対応車)
http://www.okazaki-renaissance.org/discover/show/23 -
気象庁長官 九州北部豪雨の特別警報 活用を検証
今月5日の「九州北部豪雨」では、昼ごろから断続的に猛烈な雨が降り、気象庁は午後5時51分に福岡県に、午後7時55分に大分県に、それぞれ大雨の「特別警報」を発表した。特別警報が発表されるまで時間がかかりすぎているのではないかという意見があることについて、気象庁の橋田俊彦長官は、「今回の豪雨でも特別警報を出す前に『記録的短時間大雨情報』や『土砂災害警戒情報』を発表している」と述べ、特別警報の発表を待つのではなく、こうした情報や自治体が出す避難の情報をもとに、安全確保を進めてほしいという考えを改めて示した。そのうえで、大雨の特別警報など、「九州北部豪雨」で気象庁が発表した情報がどう活用されたか、今後、自治体に聞き取るなどして検証する考えを示した。【7月20日 NHKニュースより】
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豪雨で小学校に避難し住民が孤立 対応を検証へ 朝倉/福岡
記録的な豪雨で大きな被害を受けた福岡県朝倉市は、土砂災害のおそれがある時は避難所として使わないとしていた小学校に、避難してきた住民がいたことから避難所として開設していた。朝倉市杷木地区の松末小学校は、市の地域防災計画で災害時の避難所に指定されていたが、土砂災害のおそれがある時は使わないことになっている。市によると、記録的な豪雨となった今月5日、市が避難勧告を出した際に住民には別の避難所に避難するよう呼びかけたが、一部の人がこの小学校に避難してきたということであった。そのため、市は小学校を避難所として開設する対応をとり、最大で54人が避難したが、周辺の道路が土砂で埋まるなどして孤立状態になった。小学校に避難した人はその後、ヘリコプターなどで別の避難所に移されたということである。朝倉市防災交通課は、「住民が避難してきたので避難所にせざるをえなかった」としていて、今後、地域防災計画や当時の対応が適切だったか検証することにしている。【7月18日 NHKニュースより】
◆朝倉市「避難所」
http://www.city.asakura.lg.jp/www/contents/1297835621121/ -
中越沖地震10年、柏崎市で合同追悼式/新潟
15人が犠牲になった中越沖地震から10年となった16日、新潟県柏崎市と刈羽村による合同追悼式が柏崎市文化会館アルフォーレで行われた。発生時刻の午前10時13分、遺族や参列者が黙とうし、祈りをささげた。柏崎市では、キャンドルをともして地震当時の支援に感謝したり、防災の大切さを再確認したりするイベントも開かれ、かつての被災地は鎮魂の祈りに包まれた。追悼式には遺族のほか、松本純防災担当相ら関係者約700人が参加した。犠牲者と同じ数の15本のろうそくが置かれた祭壇に、参列者が献花した。桜井雅浩市長は「全国各地から多くの支援を頂きながら、この10年全力で復旧、復興に取り組んできた」と感謝の意を表した。このほか、災害を語り継ぐ「防災フェア」や避難訓練などが行われた。【7月16日 新潟日報より】
◆柏崎市「新潟県中越沖地震10周年合同追悼式」
http://www.city.kashiwazaki.lg.jp/katsudo/bosai-bohan/1705261130.html -
防災へ誓い新た 広島豪雨災害から18年、河内地区に危険区域表示ボード
広島県広島市や呉市などで32人の死者・行方不明者が出た平成11年6月29日の豪雨災害から18年を迎えるのを前に、住民10人が亡くなった広島市佐伯区河内地区で25日、追悼集会が行われた。住民や関係者ら約180人が参列し、犠牲者を悼むとともに防災への誓いを新たにした。災害で流出した巨石を加工し「忘れまい 大災害」の文字を刻んだ石碑の前に犠牲者の遺影が並び、参列者が白菊を手向けて手を合わせた。河内地区は豪雨災害後、災害に備えた「タイムライン」(事前防災行動計画)を作成したり、土石流の危険が大きい場所に24時間稼働する監視カメラを設置したりするなど、さまざまな対策に取り組んできた。今年度は土砂災害の危険区域や防災設備、避難場所などを分かりやすく示した「土砂・洪水災害総合防災ボード」を新たに制作し、追悼集会で披露した。土石流で亡くなった今田正喜さんの長男、正道さんは「親父が亡くなったことでみんなが1年に1回でも防災について思い出してもらえればいいと思う」と話した。【6月26日 産経ニュースより】
◆広島市「第19回「忘れまい6.29集会」追悼式、防災講演、防災講話」
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1497269534555/index.html -
震災関連死、自治体の半数が死因非公表 「遺族の意向」理由に 熊本地震
熊本地震で震災関連死を認定した20市町村のうち、11の自治体が死因を明らかにせず、対策を模索する医療関係者の障壁になっている。非公表の自治体は「遺族の意向」として個人情報に配慮するが、弔慰金には公金が充てられることもあり、識者は「公共性が高い情報だけに、市民と共有すべきだ」と指摘している。関連死は20日現在、熊本、大分両県で計181人。大半が年代や性別、死亡時期は明らかにしているが、死因は過半数が非公表だ。理由は「遺族に公表できるか判断してもらった」(阿蘇市)「遺族に配慮し、自治体で判断した」(益城町)などが多い。被災地で口腔(こうくう)ケアに取り組む福岡県歯科医師会の太田秀人さんは、「専門家が口腔ケアをした市町村で肺炎の死者が少なければ、避難所で口腔ケアを重視した対策が取れる。関連死は対応次第で救える命だ」と検証の意義を語った。【6月21日 西日本新聞より】
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大震災「その時」伝える写真展 横浜のニュースパーク/神奈川
神奈川県横浜市中区のニュースパーク(日本新聞博物館)で25日まで、岩手県などで撮影された東日本大震災の写真が展示され、未曽有の大災害をあらためて伝えながら、被災地への関心を呼び起こしている。企画展「日本の海岸線をゆく―日本人と海の文化」の中で展示。被災3県で写真家らが撮影した約20点が選ばれ、「震災、その後」とのテーマで災害と被災地の実情を発信している。17日には作品解説も行われる。【6月5日 岩手日報より】
▼ニュースパーク 企画展「日本の海岸線をゆく―日本人と海の文化」
http://newspark.jp/newspark/info_exhibition/insession/ -
県内災害5300件 年表 奈良時代以降 網羅/三重
地震や風水害、大雪、飢饉など過去に県内で起きた災害を網羅した年表を、県立伊勢まなび高校(伊勢市)の新田康二教諭が作成し、本にまとめた。主に奈良時代以降の史料や自治体史などから拾い上げた災害の数は5,300に上る。新田教諭は「毎年のように災害に襲われてきた歴史を知り、将来の命を守るために活用してほしい」と話している。新田教諭が災害史に向き合うきっかけは、東日本大震災であり、熊野灘に面した南勢校舎のグラウンドに押し寄せる津波を目の当たりにした時である。その後、県内沿岸に残る津波の教訓などが刻まれた石碑を調べ歩き、警鐘を鳴らす報告書を刊行した。年表はこれに続く第2弾と位置づけている。「大震災から6年が過ぎ、人々の間から記憶が薄れつつある」。こうした危機感が年表の作成に駆り立てたといい、「将来の災害で命を救うための知恵になれば」と話している。【5月30日 読売新聞より】
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震災伝承こそ防災 津波シンポジウムで知恵学ぶ/宮城
東日本大震災などを教訓に津波から生き延びる知恵を学ぶ「津波防災シンポジウム」が26日、宮城県名取市文化会館であり、学識経験者や市の関係者が震災の記憶の風化防止が防災につながることなどを訴えた。県と市の主催で市民ら約300人が参加。東北大災害科学国際研究所の佐藤翔輔助教は、震災で犠牲者を出さなかった岩手県普代村太田名部地区と同県洋野町八木地区の事例を紹介した。佐藤氏は両地区について、昭和三陸津波で大勢が犠牲になった経験から毎年、慰霊祭を行って風化させなかったことを指摘し、「震災を伝承することで未来の命を守ることができる」と強調した。津波で生徒14人が犠牲になった名取市閖上中の八森伸教頭は「海から1.5キロの学校なのに、なぜ防災教育をきちんとしてこなかったのかと悔やまれた。震災を風化させないなど三つの柱を掲げ、いざという時に自分の命を守れる子どもたちを育てたい」と話した。【5月27日 河北新報より】
▲宮城県「平成29年度津波防災シンポジウムを開催します」
http://www.pref.miyagi.jp/site/0311densyogensaip/dobokubu-tsunami-h290526.html -
地域の惨禍語り継ぐ 羽越水害50年で復興記念事業/新潟
羽越水害発生から50年となる今年、管内で浸水被害があった新潟市北区では27日から、羽越水害とその前年に発生した下越水害の記憶を語り継ぐ復興記念事業が始まる。区郷土博物館(嘉山)では旧豊栄町の記録写真などを展示する企画展がスタート。6月18日には「北区治水シンポジウム」を開催し、防災意識を高める。区郷土博物館は、旧豊栄町を上空から撮影した写真や、舟に乗って移動する被災者の写真などを、7月1日まで展示。入場無料で月曜休館。また、治水シンポジウムは、「伝える記憶 つながる未来」と題し、区文化会館で開催する。パネリストに二つの水害の対応に当たった旧豊栄町の元消防団員などを招いて、水害の記憶と備えについて話し合う。このほか、北区内では28日に阿賀野川総合水防演習を実施。6月18日には葛塚地区で合同防災訓練や、救援物資の仕分け、炊き出しのワークショップを開催する。【5月27日 新潟日報より】
▲新潟県北区「北区治水シンポジウム~伝える記憶 つながる未来~」
https://www.city.niigata.lg.jp/kita/torikumi/kita_chisui.html
▲山形河川国道事務所「忘れない、災害への備え~羽越水害から50年~」
http://www.thr.mlit.go.jp/yamagata/river/uetsu50/event50/ -
みなし仮設の記録誌発行…「災害時、たたき台に」 仙台/宮城
宮城県仙台市社会福祉協議会は記録誌「希望をつなぐ 明日へ」を発行した。記録誌は、みなし仮設支援を目的に東日本大震災半年後の2011年10月に設立された「地域支えあいセンター事業」について、被災者が災害公営住宅に移行するまで続けた活動を紹介している。市内の仮設住宅の8割を占めるみなし仮設の実態把握や入居者の孤立を防ぐ試みなど、市社協の反省や教訓が記されている。このほか資料編として、市社協が作成した職員の研修向け指針や訪問記録のひな型なども掲載。自治体関係者が直ちに活用できるように、ひな型の電子ファイルを収録したCDも添付されている。一般販売はないが、市内の図書館や市社協のホームページで閲覧できる。【5月18日 読売新聞より】
▼仙台市社会福祉協議会 震災記録誌「希望をつなぐ 明日へ」
http://www.shakyo-sendai.or.jp/n/311_support/center/%E8%A8%98%E9%8C%B2%E8%AA%8C -
地名と災害の関係を統計分析 静岡大の岩崎研究室
静岡大学情報学部の岩崎一孝教授の研究室が、県内の大字単位の地名約5000カ所と、水害や土砂災害などの危険箇所情報を重ね合わせ、統計的な分析に取り組んでいる。研究では県内各地の地名の語尾に使われている約800文字を抽出し、河川氾濫時の浸水想定区域や土砂災害警戒区域などの地図データと付き合わせて分析を試みた。災害の種別ごと危険性が高いのは、水害が「吉」「江」など、土砂災害は「倉」「内」などだった。災害リスクが比較的低い文字も調べ、「栄」「台」などが当てはまった。同様テーマの既存研究は、地名由来を災害履歴から読み解く手法がほとんどだった。今回の研究結果全体を統計学的に評価すると、現状の信頼性は6割程度。岩崎教授は「地名と災害リスクに一定程度の関係性があることを、客観的に示せた」と成果を強調した上で、「都市化進展前の旧来の地名データを使えば、結果の信頼性はさらに高まる」と今後の課題を指摘する。【5月17日 静岡新聞より】
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最短間隔は500年=元禄型の関東地震-東大と産総研
東京大と産業技術総合研究所の研究チームが11日、江戸時代前期の1703年に起きた「元禄関東地震」(M8.2)と同型の巨大地震は、6300年前から2200年前までに4回起きており、最も短い発生間隔は500年だったことが分かったと発表した。巨大地震に伴い形成された海岸段丘を房総半島南部で詳細に調査した成果。元禄関東地震は、相模トラフの神奈川県から房総半島沖の広い範囲が震源域となって発生。これに対し、1923年に起きた「大正関東地震」(関東大震災、M7.9)は、震源域がその西側半分だった。産総研の宍倉正展研究グループ長は「次に関東地震が起きる場合は大正型と考えられていたが、元禄型が起きてもおかしくないことが示された」と話している。研究チームは今後も詳細な調査を続け、長期評価の見直しに生かしてもらう方針としている。【5月11日 時事通信より】
▼産業技術総合研究所 元禄型関東地震の再来間隔、最短2000年ではなく500年
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2017/pr20170511/pr20170511.html -
記憶後世に「震災記念公園」完成 記念碑除幕、犠牲者を追悼 広野/福島
東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の記憶を後世に伝え、住民の防災意識を高めようと、福島県広野町が津波で被災した沿岸部の下浅見川地区に整備を進めてきた震災記念公園が完成し、11日、公園内に建立した記念碑の除幕式が行われた。公園は、地域住民の心のよりどころとなっている鹿嶋神社に面し、沿岸部の防災緑地にも近い。記念碑の前に井戸の跡を残し、浜街道の宿場町として栄えた歴史を伝承するようにした。記念碑には、震災の被害状況や原発事故による全町避難を経て古里の再生に着手した経緯を記録。遠藤智町長は「被災地の記憶を風化させず、後世につないでいく。悲しみは残るが、新たな古里の復興・再生へと大きな一歩を踏み出す」と述べた。【5月12日 福島民友新聞より】
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亡き人へ思い寄せて 新地高が手紙募る HP公開、文集に記憶継承へ/福島
福島県新地町の新地高校は、東日本大震災で亡くなった人に宛てた手紙を募っている。事業名は「おもひの木ポスト」で、震災の記憶を伝えようと生徒会が中心となって発案した。書式や行数などは問わず、匿名での投函も受け付ける。手紙は許可を得た上で学校のホームページに掲載し、毎月1回程度更新する考え。まとめた文集は、差出人や在校生らに配布して思いを共有していく。同校は、震災から丸6年となった3月11日に学校敷地内に「おもひの木」と名付けた沙羅の木を植樹した。今月11日には犠牲者への思い、震災の記憶を引き継ぐことの大切さなどを記した案内板をおもひの木に添え、在校生にお披露目する。【5月10日 福島民報より】
▼福島県立新地高校 おもひの木
http://www.shinchi-h.fks.ed.jp/omohihoki.html -
地域の災害史、未来に継ぐ 古文書や古地図40件、熊本県美術館で
熊本県内で発生した過去の地震被害と、復興に向けた動きを振り返る「震災と復興のメモリー@熊本」展が、熊本県立美術館で開かれている。古文書や地図、古写真など40件。大規模地震が過去に何度もあったことを紹介している。熊本県立美術館の山田貴司学芸員は「今まで熊本に地震はないと思っていたが、根拠のない確信だった。過去の歴史から学んだことを未来につなげられれば」と話す。新しい町づくり、余震におびえて転居した先での避難生活、地震後の人間の営みの記録も残されている。開催は21日まで。【5月7日 毎日新聞より】
▼熊本県立美術館 第Ⅰ期〈特集〉震災と復興のメモリー@熊本
http://www.museum.pref.kumamoto.jp/event_cal/pub/Detail.aspx?c_id=10&id=102&type=top&trk_kbn=N