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特集

東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)の取り組み 〜学外に開かれた実践的研究機関として

 

2014年8月に完成した東北大学災害科学国際研究所(略称IRIDeS:イリディス)の研究棟は(同年11月開所)、現在整備中の新青葉山キャンパスに位置している。取材で訪れた2015年11月末には隣接して新しい建物が建設中で、キャンパスが拡大しつつあることがわかる。建物の上階からはかつてゴルフ場だったという起伏に富んだ景観が目の前に広がり、自然に恵まれた環境である。

広報室の中鉢(ちゅうばち)奈津子さん(特任助教)によると、IRIDeSは7部門37分野が集結しており、文理の枠を超えた学際研究が推進されている。研究室や会議室と廊下の境界が全てガラス張りになっているのも、オープンで交流が生まれやすい効果を狙ったデザインなのだそうだ。実際、複数の研究室で、我々の突然の取材に快く応じていただいた(写真参照)。

実践的防災学を掲げるIRIDeSは、広く市民に対しても開かれた情報発信をめざしている。その一例が東日本大震災で被災した現地に開設された分室「気仙沼サテライト」であり、もう一つは、定期的に開催される「IRIDeS金曜フォーラム」である。今回TEAM防災ジャパンではこの2つを中心に取材した。

オープンな研究室
【オープンな研究室】
「歴史資料保存研究分野(人間・社会対応研究部門)」では、古文書の撮影が行われていたが、災害情報の集積だけでなく、被災した古文書の手当や救済の方法論を検証し、歴史文化の持つ社会的な役割と地域文化の防災・減災にむけたあり方を研究するそうだ。
「海底地殻変動研究分野(災害理学研究部門)」では、GPS衛星の電波を直接受信できない海底において、地殻変動を観測するしくみについて説明していただいた。
「地震津波リスク評価(東京海上日動)寄附研究部門」では、東日本大震災の被害実態を鑑みて、地震・津波の影響評価やリスク評価手法の更なる高度化を図っているほかに、被災地での復興を支援する中でハード(マング ローブや防潮林の活用など)およびソフト対策(防災教育や避難訓練の企画・実施)によりリスクを軽減する総合対策も検討しているのだという

 

●市民に開かれた情報提供の場。「気仙沼サテライト」

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IRIDeSの分室「気仙沼サテライト」は、気仙沼市魚市場前の商業施設「海の市」の3階にあり、市民に開かれた場とすべく、月曜日から金曜日まで2人の技術補佐員が分担して常駐している。その1人、鈴木修さんは地元消防署のOBだという。

東日本大震災の際、高台にあった鈴木さんの自宅は無事だったものの、津波はすぐ目の前まで押し寄せ大きな被害をもたらした。震災直後からは近所の避難所が閉鎖するまでボランティアとして働き、その後「みちのく・いまを伝え隊」に参加した。気仙沼市内や遠くは一関市内の仮設住宅などを回りながら住人の話を聞き、証言を集め、定点観測的に写真を撮り、震災直後からの被災地の様子を記録し、人々の記憶や将来への思いを証言としてまとめ報告してきた。IRIDeS発足時に白羽の矢が立ち、技術補佐員として採用されたのも、その丁寧な聞き取り調査への信頼が厚かったからだ。

現在、気仙沼サテライトでは、大学からの情報発信や、大学の学生・教員の活動支援、防災教育への協力、震災アーカイブ活動、防災に関する各種相談の受付などを行っている。

例えば2013年11月から2014年3月まで分室が入っていた中央公民館では一般向けの展示を行っていた。これはグッドデザイン賞を受賞した「災害のデータスケープ」のパネルが好評だった。現在の分室では展示スペースが限られているため、今後の展示方法を模索しているとのことだ。また、研究成果を市民に伝える年6回の防災文化講演会や2013年11月に開催された「サイエンス・防災安全デイ」では会場の手配や講師の調整なども行っている。

防災教育への協力としては、寺祭りを利用して、大学院生が子供たちを相手に「減災アクションカードゲーム」というゲーム形式のワークショップを行った際にはスタッフとして院生や子どもたちと交流もするなど、学生・教員が気仙沼で活動する際のサポートを行っている。また、中学校における防災学習に鈴木さん自らが講師として登壇する機会もある。

震災アーカイブ活動としては、地元紙の三陸新報をチェックして重要なニュースをレポートするほか、地域の「みちのく・いまを伝え隊」のメンバーとして、いまもFacebookページに写真を投稿している。

気仙沼サテライトの機能として、鈴木さんがまだ十分ではないと感じているのが、防災に関する各種相談の受付で、市民が気楽に立ち寄ったり、電話などで相談をしてくるような関係にはなっていないらしい。「大学のサテライトオフィス」という肩書きのため敷居が高いのではないかと考えられ、より開かれたサテライトとすることが今後の課題とのことだ。

【所在地】  〒980-0037 宮城県気仙沼市魚市場前7-13 海の市3階(オフィスD)
【開室日時】 原則、月曜日から金曜日 10:00〜12:00、13:00〜16:00
【連絡先】  電話・FAX 0226-25-9928(10:00 〜 16:00)
       email: koho-office※irides.tohoku.ac.jp
       (メール送信の際には、※を@に置き換えてください)

減災アクションカードゲーム
【減災アクションカードゲーム】

災害時の行動を示すピクトグラムの描かれたカードを使って4〜7人で遊ぶゲーム。「正しい答え」よりも「なぜそのカードを選んだのか」を考え、発言するプロセスを重視する。東北大学リーディング大学院「グローバル安全学トップリーダー育成プログラム」有志で開発したゲーム型防災教育教材。

 

●最先端研究の情報をいち早く紹介。「IRIDeS金曜フォーラム」

基本的に第4金曜日の夕方に開催される「IRIDeS金曜フォーラム」では、毎回1つのテーマを設定し、複数の異なる分野の研究者がそれぞれの研究内容を発表する。所内での研究の連携や融合を図ることを目的としている。さらに、学内外の研究者や一般の市民も自由に入場でき、聴衆からの質問をオープンに受け付け、議論することができる。

「第33回 IRIDeS金曜フォーラム」は「非常事態と人間のふるまい」という共通テーマのもと、会場の多目的ホールには約50人の聴衆が集まった。今回、登壇したのは3人とも同じ「人間・社会対応研究部門」からの発表だったが、被災地支援研究分野の奥村誠教授(IRIDeS副所長)は土木工学専門、災害情報認知研究分野の行場(ぎょうば)絵里奈特別教育研究教員は情報科学専門、同じく災害情報認知研究分野の杉浦元亮(もとあき)准教授は認知神経科学専門と専門分野が異なっている。

奥村教授は「心理状態が車津波避難の効率性に与える影響」について、行場教員は「改訂後の津波警報に対する地域住民と大学生の認識と警報受信時の行動」について、杉浦准教授は「災害を生きる力の8因子と非常時の自助・共助行動」について発表した。3者の発表後の総合討論では、丸谷浩明教授(人間・社会対応研究部門 防災社会システム研究分野)の司会で、会場をまじえて活発な意見交換が行われた。

総合討論を終えて、丸谷教授から「いま大事なのは機会を見つけて研究者がどんどん喋るようにすることで、他では何を研究しているのか共有し、関われるところが見つかれば交流すること。そして他の人からの率直な意見に直面することは若い研究者にとっていい経験になるので、金曜フォーラムに限らず今後も交流の機会を大事にしていただきたい」とのまとめがあった

金曜フォーラム
【金曜フォーラム】

http://irides.tohoku.ac.jp/event/irides-forum.html

 

■「学会だけでなくメディアでの情報発信を」行場絵里奈 特別教育研究教員

行場教員の専門は自助と共助の要となるソフトウェアの防災で、災害が起こった時に人はどう考え、どう行動するのかという災害心理学という分野。災害情報・警報に対する認識や、それを受けた時にどのように感じ、行動するのかを、大学生や地域住民にアンケート調査を行ってきた。この日の発表もこれに基づくものだった。

──IRIDeSでの研究の特徴を教えてください。
行場絵里奈 特別教育研究教員行場:IRIDeSには兼任の先生が多く、中でも災害心理学は、災害に特化した研究ではない領域から多様な分野が関わっている特徴があります。物語と災害(語り継ぎ)、情報理解などに加えて、NIRS(近赤外線分光装置)やfMRIを使って災害発生時の脳活動や生理反応、心理状態を調べるなど、医学的なアプローチがその一例です。

──金曜フォーラムをはじめ外部への情報発信についてはいかがでしょうか?
行場:いままで主にAPRU(環太平洋大学協会)や、災害情報学会などの学会で発表してきましたが、学会で発信するだけでは足りず、新聞やテレビなどのメディアに出ていく機会を積極的に増やす必要を感じています。

■「どの領域にも属さないことを語れる稀有な場所」杉浦元亮 准教授

杉浦准教授はもともと災害が専門ではなく、本務は加齢医学研究所にあり、脳機能イメージングによって、脳の中でどのように認知し、心が生まれているのかを明らかにする認知神経科学を専門に研究している。防災に脳科学を活かせないかということで声がかかったのは311以前だったが、震災を経て、自分の専門領域で貢献できるのではないかと考えるようになった。また、自らも被災した立場として、元々持っていた「生きる力とは何か」という問いに真剣に向き合う機会を得たと感じているという。

──IRIDeSでの研究の特徴を教えてください。
杉浦元亮 准教授杉浦:IRIDeSはその前身のころから学際性を謳っていますが、自分の関わり方もまさにその典型だと思います。このプロジェクトには脳科学、認知科学、心理学、津波防災、災害教育や情報分析など、多様な所属・専門の研究者が参加しています。そして、どこの研究領域にも属さないような議論ができる、稀有な環境だと思います。多様な分野の言葉・習慣・価値観など文化の違いを前提として話ができるのは強みです。この話題はどのジャーナルに出しましょうか、どの学会に出しましょうかなど、どの領域に発信すべきかについて議論をすることもありますが、これはIRIDeSならではですね。

──金曜フォーラムをはじめ外部への情報発信についてはいかがでしょうか?
杉浦:研究者の本音としては、論文や学会発表で丁寧に議論を重ねて精緻に研究を進めたいものです。一方で、その完成を待っていると、成果を社会に返すまでに時間がかかり過ぎてしまう。そこで研究者の視点からいうと中途半端な段階でも、何かしらアウトプットしなければなりません。例えばすでに発表した「8つの生きる力」についても、それぞれが脳科学的には何なのかをまずまとめたいですが、それをやると10年で終わるかどうかわかりません。そういう悩みを抱えながら情報発信に取り組んでいます。

 

●異なる価値観の衝突が生むブレイクスルーのチャンス

7部門37分野というIRIDeSの体制の特色について副所長の奥村教授に尋ねてみた。

「数ある災害関連の研究所の中でのIRIDeSの一番の特徴は理・工学部だけでなく文学部の分野も加わった文理融合だということと、もう一つは医学部からも参加していることです。多角的な視点を持つことはIRIDeSの強みでもありますが、それぞれ学問分野の育ちが違い、使う言葉が違い、何を大事にするかという価値観も違うので、全く話が通じない場面もあります」

例えば研究対象は、理学では地殻や火山のふるまいなど災害を起こす自然現象そのもので、文学では一人一人の人間が災害時にどう振る舞うのかという行動であり、関心領域が全く異なっている。ただし「真理を追求する」という点で両者は共通点がある。一方、奥村教授のように土木工学が専門の場合、災害に強い町づくりという極めて現実的な対象を研究しており、「真理」を語る者と「現実」を語る者のそれぞれが意識を合わせるのは実は非常に困難だという。また、医学の研究者は災害時、目の前の人の命が助かるかどうかという極めて短い時間単位で思考するのに対して、土木工学では道や町をつくるための数年から数十年ほどの時間単位で考え、地球が対象の研究者となると数百年から1万年があたりまえなので、全く感覚が共有できない場合もある。

奥村誠 教授「その感覚の合わない部分が何とか乗り越えられる理由は、災害にうまく備える、人が死なないようにする、という目標が一致していることです。例えば一緒に現地に訪れた時に、他分野の研究者が注目するものは自分とは全然違うことに気づきます。また時間に迫られた医師の立場になって見ると、ものごとが全く違って見えてきて、新しい発見につながることもあります。そういうブレイクスルーが、頻度は低いのですが起きるのです。それがIRIDeSの学際性が持つ意義だと考えています」

市民一般に対して広く情報を発信するべく積極的に取り組んでいることについて、奥村教授はこう考える。

「社会に伝えて、実装していくのは大事ですが、実際にはとても難しいことです。人は複雑なことはできませんし、以前に体験したことがないこともできません。いま防災の知識で広まっていることの多くは複雑すぎるし、知識だけ持っていても実践できず、役に立たない恐れがあります。これを解決するためには、ふたつの方法があります。ひとつは災害発生時に取るべき行動を、日頃人がやっていることの延長線上で計画するべきです。もうひとつは、災害のタイプごとに人に異なる行動をさせるのではなく、いつも同じ行動をさせるようにすることです」

例えば災害発生時まで一度も避難場所を訪れたことがない人は、途中の経路のリスクを知らず、安全に避難できない恐れがある。風水害と地震と火災と津波で、災害の種類ごとに避難場所が別々に設けられていては、必ず混乱が生じてしまう。日頃から、避難場所に足を運ぶ習慣を身につけてもらうには、避難訓練に参加すると楽しかったり、得をしたり、参加しないと損をするようなインセンティブを設けるべきだと指摘する。

「避難訓練の時や、避難勧告・避難指示が出た時に、無事に安全な経路を通って避難所にたどり着いた人には、地元の温泉の券を配布するとか、きちんと避難できる人として保険の評価が上がって保険料が安くなるといいと思います。逆に避難所にこなかった人は評価が下がって保険料が高めになるとか、そういう極めて具体的なことで習慣を身につけてもらわなければなりません。

以前広島大学にいたとき、1999年の土砂災害のあと土砂災害の避難勧告の調査をした結果、避難勧告・避難指示が出たときに実際にその地域で土砂崩れが起こる割合は13分の1であることがわかりました。住んでいる人からすれば13回の情報のうち12回外れたと思うわけです。土砂災害は雨の降りかた次第で決まるので、いつ崩れてもおかしくありません。本当は毎回避難しなければなりません。でも人は何回も外れると『今度も大丈夫だろう』と考えるようになります。それを何としてでも避難所に来てもらう工夫が必要なんです。

そもそも災害リスクの低いところに住むのが、最も効果的な減災対策になります。これまでは人口が過密で、多くの人が無理をしてリスクの高いところに住んできたのが実情です。これから日本の人口が減っていくわけですが、それならば危険なところに住まないようにすればいいのです。人口減少をそのチャンスととらえて、上手に住み直すことも考えていく必要があります」

人間の行動や心理に働きかけ、また社会の変化の利用まで想定して、無理なく自然に防災・減災の文化を社会に実装していくことが必要だという指摘に、IRIDeSの実践的防災学の真髄を感じた。それは、東日本大震災という非常に困難な災害をきっかけに誕生した背景を持ちながら、不思議と希望を感じさせるIRIDeSの明るさにつながっているのかもしれない。