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特集

東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)の取り組み 〜実践的防災学による、「次へのそなえ」の文化形成を目指して

2015年11月4日

今村文彦さん(東北大学災害科学国際研究所 所長・教授)

●3.11の反省を踏まえたミッションと組織

──東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)の成り立ちについて教えてください。

今村:IRIDeS(イリディス)の発足は東日本大震災がきっかけですが、実は前身の組織がありました。ご存知のように宮城県は地震の発生確率が高い地域で、2000年11月、国の地震調査推進本部の発表で宮城県沖地震が30年以内に99%の確率で発生するという結果が出たことをきっかけに、大学としても地域と連携し、また文理融合でチームを作ろうという動きが始まったのです。この時から、理工系だけではなく、歴史学、防災教育、社会学、緊急医療などの先生方にも加わっていただき、災害情報のあり方や避難所の運営を学際的に研究し、帰宅困難者の問題やペットの問題を考えようなど、早い時期から「実践的防災学」に取り組み始めていました。

2007年にはこれが19分野に広がり「防災科学研究拠点」を発足、2009年には文部科学省に提出したプロジェクトが採択され、2010年度から5カ年事業が始まりました。そして1年が経とうとしていた2011年3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生しました。当時「想定外」という言葉がよく使われましたが、被害の規模が想定とは桁違いだったこともあり、それまでの体制では全く不十分だったという反省がありました。そこで、改めてミッションや組織を見直すことになり、2012年4月11日に「東北大学災害科学国際研究所」が発足しました。「国際」とつけたのは,東日本大震災の規模が大きくグローバルに影響したため,その経験と教訓を国際社会に寄与することも念頭に置いたからです。

2014年11月に完成したIRIDeSの研究棟

2014年11月に完成したIRIDeSの研究棟

 

──ミッションや組織は、具体的にはどのような点を見直したのでしょうか。

今村文彦さん(東北大学災害科学国際研究所 所長・教授)

今村:最終的なミッションは実践的防災学によって、災害に強い社会づくり、地域づくりを目指すことは変わりません。しかし東日本大震災を受けて、新たに二つのミッションが加わりました。

一つ目は想定を超えた場合の危機管理です。我々研究者は、知識や情報を元に、常に想定を出さなければなりません。けれどもその想定を超えた場合にどうするかを同時に考えなければなりません。もう一つは3.11が、巨大地震、巨大津波、原発事故という、人類が経験したことがない災害でしたので、その経験と教訓をきちんとまとめて発信することです。この二つがミッションに加わりました。

組織の見直しに関しては、従来の延長線上にあるものと、まったく新しいものがあります。延長線上にあるものとしては、文系の先生を中心とする「人間・社会対応研究部門」と、地元の復興に貢献することを目標とした「地域・都市再生研究部門」です。全く新しい部門は「災害医学研究部門」と「情報管理・社会連携部門」です。

3.11の当時、病院や医療施設が被災してカルテが流され情報が失われました。また、慢性疾患の方が薬を手に入れられずに症状を悪くしたり、感染症が広まったり、それ以前の震災とは違うタイプの患者さんが出てきました。そういったことを受けて医学系の7教授に来ていただき「災害医学研究部門」が始まりました。

もう一つの「情報管理・社会連携部門」の目玉は「みちのく震録伝」と名前をつけたアーカイブです。また、建築系の先生が中心になって石巻を中心に地域に密着した支援活動を行っています。これは研究・論文とは別に、地域の方と一緒になって課題を整理して街づくりに取り組んでいます。

 

●多角的な視点で発見した「8つの生きる力」

──研究機関として、IRIDeSならではの特徴があれば教えて下さい。

7分野の研究部門

今村:IRIDeSには7分野の研究部門があります。そして1つの課題に対して、この7分野の専門家がチームとなって取り組むことが他にはあまりない特徴です。シンポジウムや勉強会(IRIDeS金曜フォーラム)も、地域に入って活動する時も、意識して各7分野から出て行くことを義務としています。これは出発点の話で、課題が見えてくればさらに違うメンバーが加わることもあります。一つの現象や課題に対していろいろな角度から意見を出し合い、方向性を見つけることを重視しています。

「『生きる力』市民運動化プロジェクト」がその典型例です。3.11の大災害を生き延びた方は何かの力を持っていたのではないかと仮説を立て、それを明らかにすべくインタビューさせていただきました。その際に、まず災害リスク研究部門が当時の被害状況をヒヤリングし、調査します。人文系・情報系の先生がアンケートをとり、それを心理学の先生が中心になって統計的に整理・分類するという具合です。その結果、見つかったのが災害を生き延びるための「8つの生きる力」です。こうして見つけた『生きる力』は、東北のみにとどまらず、南海トラフ地震に備える地域などに伝えなければなりません。そこで、『生きる力』を強めるような教育プログラムにするため、教育学、地域連携、人材養成の専門家の出番となります。

※8つの『生きる力』:①人をまとめる力、②問題に対応する力、③人を思いやる力、④信念を貫く力、⑤きちんと生活する力、⑥気持ちを整える力、⑦人生を意味付ける力、⑧生活を充実させる力、の8つ。

──他の地域へはどのような形で伝えようとしているのでしょうか?

みんなの防災手帳

今村:一つは『みんなの防災手帳』です。「8つの『生きる力』」を強化することや、日常から忘れないようにすることが大切です。そこで日頃から身につけている手帳の形式で、その時々に必要な情報を引き出せるよう、発災前、発災から10時間後、100時間後、1000時間後、1万時間後と時系列に編集しています。3.11に何が起きたか、教訓は何か。被災者の生声も140字以内でまとめています。情報はコンパクトにまとめ、イラストでカバーします。内閣府防災担当(広報誌「ぼうさい」)でもご紹介いただきました。

 

もう一つは、『生きる力』を養成するために場を設け、さらに自分がその力をどの程度持っているのかまたは向上したかについて自己診断するプログラムを作っています。2014年には「SENDAI CAMP」という防災キャンプを実施して、若者を中心に幅広い世代に参加いただきました。まずキャンプに入る前に簡単なアンケートで各自の『生きる力』を判定します。それから一泊二日で疑似体験と講義を通じてトレーニングを受け、知識を得て、街歩きを体験して、翌日、もう一度アンケートをとって、変化を見ました。我々企画側の予想に反して、人によって伸びたところが違ったり、逆に下がったところもあったりしました。今後は参加者の年齢や関心事や経験などを考慮してカスタマイズすれば、全体的に伸ばせるのではないかと検討しているところです。新しい津波避難訓練プログラム「カケアガレ日本!」などの活動とともに、この活動も我々が目指す防災文化の1つと考えております。

 

●実践的防災学を支える「アーカイブ」と「現場主義」

──「みちのく震録伝」をはじめ、みんなの防災手帳やSENDAI CAMPなど、「伝えていくこと」を重視されていますね。

みちのく震録伝 震災アーカイブ

今村:阪神淡路大震災と中越地震で学んだことに「アーカイブ」の重要性があります。これらの震災では、当時の地震動や被害の状況、インフラの被害など、素晴らしいアーカイブができました。ところが、対象を各専門の視点で絞ったために、例えば避難所の瓦版のようなものを集めておけば良かったなど、反省もありました。「みちのく震録伝」では、できるだけ専門に偏ることなくデータを集めました。いろいろな地域で、それぞれの目的でアーカイブしているので、それを連携して作りたいということで始まって進めています。長期間に保存し続けるために、国会図書館に中心になっていただいています。アーカイブのもう一つの役割は利活用であり、これにより新しい防災文化を形成出来る可能性があると思っております。大学の講義などでの利用を始めていますが、どのように使ってもらうか、どういう効果があるのか、これからの課題です。

──2013年には気仙沼にサテライトオフィスを開設されていますが、その背景や思いなどお聞かせください。

気仙沼サテライトオフィス

今村:研究所発足の当初から、私はサテライトオフィスをつくることに強い希望を持っていました。IRIDeSがある仙台は、同じ東北と言ってもやはり現場感が薄かったりもしますので、特に三陸の地で拠点になるような場が必要だと考えていました。いくつかの自治体と連携協定を結ばせていただく中で、気仙沼がエリアも広く、復興への問題も複雑であり、取り組むべき課題も多いということで「気仙沼サテライト」を置かせていただいたという経緯です。

研究者の方ならどなたも「現場に行って感じてきなさい」と言われると思いますが、私がそれを実感したのは1983年の日本海中部地震・津波でした。当時私は大学4年生で研究室に配属されたばかりで、最初は先輩たちが現地に入りました。その報告を聞いて、いままで文献だけで知っていたことが現実に起こって、その一部でも状況がわかったことで強く関心を持ちました。1カ月ほどして、測量の要員として現地に行ったところ、現場はまた全然違いました。津波の場合、泥や漂流物の悪臭がします。「これが現場だ。これを繰り返しちゃいけないんだ」ということを、理屈ではなく感性でわかった気がします。これが私の研究の原点になっています。

もう一つは1993年に奥尻島を津波が襲った北海道南西沖地震です。この時は早い場所では地震発生からわずか3分で津波が到達しました。多くの方は即座に逃げ出して助かっています。奥尻島も10年前の日本海中部地震の時に津波被害を受けていましたが、その時は20分近くかかっていますから、それを記憶していた人が逃げ遅れて200人余り亡くなっています。このこともショックでした。一方で、避難できた方に聞くと「何か違う」と感じて、揺れだけで逃げ出したそうです。10年前と違って直下型地震なのでドンと下から揺れが来たということです。誰も説明しなくても直感的にわかって行動をとった人が助かったという状況を現場の声で知ったのが、次の原点になりました。

津波の場合、避難はとても重要で、それを実現するには、リスク認知と判断力そして、行動力が必要だと実感しました。例えばハザードマップを鵜呑みにするのではなく、ルールや原理を学ぶ中、「なぜ?」「なぜ?」と追及して疑うことから判断力は身につきます。さらに、我々研究者も研究成果というシーズをただ提供するのではなく、受け取る側のニーズに合わせてカスタマイズすることも大切ですし、同時に人材を教育したり、判断力や行動力のある文化をつくったりすることも重要です。例えば防災教育を小学校の1年生から発達に応じて段階的に少しずつでも実施できれば、高校なり大学なりを卒業したときにはかなりの知識と体験と判断力が身につくでしょうから、全体の教育プログラム化が望まれます。最終的には社会が変わるところまで持っていかなくては、というのが我々の大きな目標です。

──TEAM防災ジャパンの読者が、複数部門が連携したIRIDeSならではの情報に触れる方法があれば教えてください。

今村:専門家向けには「拡大全体会議」というものがありますが、一般の方にもお越しいただくということなら「IRIDeS金曜フォーラム」がよいでしょう。「金曜フォーラム」は、IRIDeSで行われている研究・活動の情報を所内だけではなく、学内外・一般の方々と広く共有する定期的な発表・討論の場です。毎回一つのテーマについて複数の部門が参加していますので、部門連携というIRIDeSの方法論をご覧いただけるかと思います。事前の申し込みや参加費は不要ですので、ご希望の方は当日直接会場にお越しください。

 

東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)
http://irides.tohoku.ac.jp/index.html

みんなの防災手帳
http://ikiru.irides.tohoku.ac.jp
http://www.tvi.jp/bousai/pc/index.html

カケアガレ日本!
http://kakeagare.jp

みちのく震録伝
http://shinrokuden.irides.tohoku.ac.jp

気仙沼サテライト
http://irides.tohoku.ac.jp/organization/kesennuma.html

IRIDeS金曜フォーラム
http://irides.tohoku.ac.jp/event/irides-forum.html

IRIDeS Report / Quarterly電子版
http://irides.tohoku.ac.jp/archive/publication.html